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  • われら、さくほ人〈第5号〉 | koumi-sakuho

    われらさくほ人 この地に生まれ、プロとしてこの地で輝く者達の深掘りストーリー! ※この座談会は、さくほ通信1号(2017年)から8号(2020年)の紙面に掲載した内容の再掲で、年齢等は掲載時のままです。 日本で唯一のシューツリー職人 佐久穂から全国へ、世界へ 第5号(2019年7月発行) ビスポークシューツリーメーカー 井出博満さん [佐久西小・佐久中卒 37歳] シューツリーって何? シューツリーって何? 「ビスポークシューズ」をご存じだろうか?顧客一人一人の足に合わせて削り出された木型に革を張り、伝統的な技法でつくる「オーダーメード靴」のこと。正しくケアしていけば30年以上も履き続けられるという。この靴の保管に欠かせないのが「シューツリー」だ。足の形に型どられた木製のアイテムで、靴本体の形をキープし、履いているような状態で靴を維持してくれる。井出博満さんはこのシューツリーを専門に作る日本で唯一の職人。出来上がった靴と元になった木型を見ながらシューツリーを作るのが井出さんの仕事だ。「靴の状態をなるべく保持するためにシューツリーは大事なんです。足は形も感覚も人それぞれ。靴のタイプによっても調整をします」。日本の靴が高く評価されている今、仕事相手は日本中、世界中にいるという。 比類なき情熱と行動力。アポなしでロンドンへ 大学卒業後システムエンジニアとして働いていた井出さんだったが、靴職人になりたくて夜勤をしながら昼は専門学校に通った。4年間靴作りを学び夢はさらに膨らんだ。「革靴の王様」と称される英国靴の名門「ジョン・ロブ」で働きたいと新妻を伴ってロンドンへ。英語もできず、アポイントもなかった井出さん、本店の荘厳なたたずまいに気圧されつつ、飛び込んで作品を見てもらった。採用はされなかったが、靴職人を紹介してもらい弟子になり、後に「ジョン・ロブ」から外注されるまでになった。そんな中、井出さんはシューツリー職人と出会う。本場の靴作りは完全な分業制、当然シューツリー専門の職人も居るのだ。「本場だからこそ靴職人を目指して世界中から人が集まります。お世話になった素敵な人たちと一緒に靴の世界に居たいが、花形の靴職人はライバルが多いと感じていました。シューツリーの分野なら自分でも続けられるかもしれない」と、靴とシューツリーの2人の師匠に8時間ずつ付いて修行をした。2年後帰国すると、木の性質を学ぶため製材所で働き、6年前には横浜で工房「STworks」を立ち上げた。アルバイトをしながらだったが、徐々に取引先を増やしていった。 佐久穂に居を構えて  「長男なのでいつかは佐久穂に戻るつもりでいて、子どもが小学校にあがるタイミングで決めました」と昨年3月末にUターン。住まいは町の空き家バンクを活用。すぐに住める状態だったのと、十分に工房スペースが取れることが決め手だった。「もちろん営業もしますが、マニアな世界なのでインスタや口コミが仕事に繋がります。都会にこだわる理由はないです」。  妻の五月さんは横浜生まれの都会っ子。20代のころは都会がよかったが、子どもができて考えが変わっていったという。「自然の中で遊んだこと、自転車で風を切っての通学風景など、主人の子ども時代の話を聞いて『なんて豊かなんだ』と衝撃を受けました。自分の子供もそんな環境でのびのび育ってほしいと思うようになりました。川が近いのが嬉しくて、近所の川原で川遊びをしています。」と五月さん。初めての田舎暮らしを一家で楽しんでいる。 ※年齢、肩書等は発行時のものです。

  • このマチで住む | koumi-sakuho

    Careers 中途採用 Job List 募集職種一覧 テキストの例です。ここをクリックして「テキストを編集」を選択するか、ここをダブルクリックしてテキストを編集してください。文字の色やフォントを変更することもできます。 アナリスト MORE アカウントプランナー MORE マーケティングディレクター MORE デザイナー MORE

  • われら、さくほ人〈第3号〉 | koumi-sakuho

    われらさくほ人 この地に生まれ、プロとしてこの地で輝く者達の深掘りストーリー! ※この座談会は、さくほ通信1号(2017年)から8号(2020年)の紙面に掲載した内容の再掲で、年齢等は掲載時のままです。 佐久穂の新しい花卉文化をつくる 第3号(2018年7月発行) 花卉農家 中島和輝さん [佐久中央小・佐久中卒 32歳] フラワーデザインを学び、栽培へ  花の色や形が多彩なトルコギキョウは、佐久穂町を代表する特産品の一つ。この一つ一つの花に愛情を込めて育てている、花卉農家の中島和輝さん。生産者として自身に満ちた表情が印象的だ。仕事に誇りを持ち、取り組む姿は、実に格好いい。  しかし、そんな中島さんも最初からこの道を志していたわけではない。雑貨などのデザインに興味を持ち、悩んだ末に、家業との中間をとって、フラワーデザインの道を目指した。  「何よりいろんな業界を見てみたいと思ったんです」と中島さん。東京の専門学校でフラワーデザインを学んだが、入学当初は、クラスでも花のことを知らない方だったという。卒業後、実際に花屋で働く中で、生産物としての花にだんだんと興味は増していった。新宿や銀座などの花屋で働き、いろいろな情報があつまる場所、さまざまなニーズがある場所で、経験を積んだ。 花卉農家として自分のスタイルを  23歳の時に、家庭の事情で実家に戻ることになった。それは生産者としてスタートすることを意味していた。当時、中島家では、生産だけでなく、小売りやブーケづくりなども手掛けるようになっていた。そこに自分としての“色”を出すために、自分自身の屋号(店舗のない花屋)も持つことに決めた。「NOCE(ノーチェ)」と名付けた。「NOCE」は、イタリア語で「木の実」を意味する。  「成長する中で一つの成果が木の実として結実します。また、それは次に続く、種でもあります。マークは、シャムロックという洋菊を使っています。菊は一般的に縁起の悪いイメージですが、シャムロックは外国では祝い事に使われる花です。そういったとてもいい花にあやかって、既成概念をくつがえしていきたい、そんな思いを込めています」と中島さん。  帰郷後、間もなく家業を継いだ。それから数年、自分なりのスタイルを身に付けつつあるが、まだまだ学ぶことは多い。  「花は気が抜けない。自分の甘えがダイレクトに出てしまう。自分が集中できなかったときなど、モノが悪くなってしまいます。きちんと目をかけてやることが大事です。今は自分の生活の一部。ごはんを食べるのと一緒。休みでも畑に行かないと気が済まないです」と、花に愛情を注ぐ毎日が続いている。 現在は、フラワーアレンジメントも受注している。写真は「母の日」用のアレンジメント キク・カーネーションからトルコギキョウへ  一方で、“花業界”への危機感を持つ。昔は佐久町といえば、キクだった。中島家も祖父の代でキク、カーネーション、父の代でカーネーションとバラをメインに扱っていた。特にバラなどは外国産の輸入物に押され、トルコギキョウへと移ってきた。今はトルコギキョウがメインだが、中島さんは、露地の花木を始めたり、冬の品目も何かできないか模索している。  花を実際に消費者に届ける場面や、フラワーデザインに携わってきたからこそ、もっと何かできるのでは、というもどかしさがある。  「自分が花屋で学んだことを生産現場で活かしたい。いろんな場面を見て、知っているからこそできることもあるはず。生産においても、小売りにおいても、どうやって花を生活に組み込んでもらえるか、もっと身近な存在にしてもらうのが課題。花の魅力を発信していく場所をつくりたいですね」と意欲を見せる。  個人としてはもちろんだが、佐久穂町の花卉栽培の発展にも展望を持ち、「花卉農家で自分は一番の若手。自分ががんばることで、花卉農家を魅力的に思ってくれる人が増えたら。今後、つないで守っていくためにも、新規就農者を増やしたいですね」と力を込める。  新しい感性を持ち、新しい風を持ち込む中島さん。今後、新しい花卉栽培の文化をつくっていくかもしれない。 ※年齢、肩書等は発行時のものです。

  • さくほ人座談会〈第5号〉 | koumi-sakuho

    さくほ人のフィールドオブドリームス  佐久穂町早起き野球連盟 第5号(2019年8月発行) 2019年5月11日に行われた開会式にて 夏は高校野球が日本列島を熱く盛り上げます。それに負けない思いやハッスルプレーで野球に取り組んでいる熱き男たちが佐久穂町にいます。かつての球児たちは、大人になっても変わらぬ野球愛で、早起き野球という場に舞台を移し、白球を追いかけます。佐久穂町の早起き野球チームの4チームを代表して、8人のさくほ人に聞きました。 Q:球歴また早起き野球を始めた軽緯は 小平クラプ 土屋潤さん(以下土屋) : 小学校5年の少年野球から中学、高校(野沢南)、大学ではサークル、就職してからも早起き、体育協会(以下体協)の野球とずっと野球を続けています。 小平クラブ 小池良さん(以下小池)  僕も同じように小学校から中学、高校(野沢北)、大学、就職して早起き、体協と継続してやっています。 穂積愛球 石井裕太さん(以下石井)  大学のサークルから始めて、地元に戻ってから会社(樫山工業)でもやっています。 穂積愛球 小清水将志さん(以下小清水)  小学校4年生から、中学、高校(小諸)、大学、今も体協や早起きなどでやっています。 S 菊池俊文さん(以下菊池)  小学校から始めて、大学を卒業してからは、クラブチームの「佐久コスモスターズ」に在籍していました。全日本クラブ野球選手権に出場したのがいい思い出です。今は、松本市で「しなののてっぺん」というチームでもやっています。 S 小林裕太さん(以下小林)  野球未経験ですが、誘われて今年から入りました。代走でもいいからと。 (速い)足を買われて・・・のようです。 佐久プレイボーイズ 関龍一郎さん(以下関)  野球を始めたのは大学時代。地元出身ではなく神奈川の出身です。早起きに参加したのは、こちらで就職したとき、「知り合いをつくるのにいいから入れ」と職場で誘われたのがきっかけです。今はナイターソフトもやっています。 佐久プレイボーイズ 須田隆太さん(以下須田)  小学校4年生の時に始め、中学、高校(岩村田)と続け、今年はこのリーグでもチーム掛け持ちでやっています。とにかく野球が好きなので、いっぱいエンジョイしています。 Q:早起き野球の魅力は 土屋  いろんな知り合いができるのがいいですね。早起き野球で知り合った人がたくさんいます。日中眠たくてつらいこともありますが、何といっても夏場の朝は気持ちがいいですよ。 小池  世代を超えたつながりもできます。歳をとってくると打って、守って、走ってと精度の高いプレーはできなくなるかもしれないけど、それでも和気あいあいできるのが魅力です。 石井  みなさんと同じように地元の人との交流ができることは楽しいですし、朝、試合をやってから出社するのは一日の始まりとしていいですね。 小清水  仕事にも気合が入りますね。普段は朝、寝覚めが良くないんですけど、早起きの日は早く起きれます。 菊池  健康でいられるし、仕事にも活気がでます。シーズン前には決起集会があったり、終わればまた一杯と、それが楽しみという人もいますね。 関  早起きは三文の徳ではないですけど、朝日を浴びて、新鮮な空気の中、体を動かすのは気持ちがいいですよ。ただ、ナイターソフトが重なる日はきついですけど。 須田  人とのつながりができるのも嬉しいですが、朝、いいプレーができて活躍できると、その日一日がハッピーになります。翌週までがんばれそうな気持になります。逆に活躍できないと一日“ブルー”になってしまいます。 小林  自分は野球未経験者なので、まずはルールを覚えようかと思っています。 Q:優勝したチームはその先の大会でも活躍しているようですが 石井  リーグ戦の結果で先に進むのですが、県の大会で優勝したり、全国大会までいったこともありますが、佐久穂町を代表して戦う気持ちは特別です。 Q:野球人口が減り、参加チームも減っているようですが 小池  うちのチームは人が少なくて、なくなってしまう危機にありましたが、二重登録など他チームから選手を融通してもらって、何とか参加できるのはありがたいです。 石井  今、佐久市野沢に住んでいますが、ここでのプレーが楽しみ。自分はここでずっとやってきたので、ずっと続けていきたいです。 菊池  人が少ない中、メンバーには小諸や東御から駆けつけてくれる人もいます。中部横断自動車道が開通したので、だいぶ来やすくなったのでは。地元の子供にも野球に親しんでほしい。昨年からスポ少の低学年の指導に携わらせてもらっています。小2の娘もやっています。佐久穂の野球文化が途切れることなくつながって、このリーグがずっと続いていくことを望んでいます。 ■参加者プロフィール 土屋 潤さん(34歳)  佐久中央小・佐久中 小池 良さん(39歳)  佐久中央小・佐久中 石井裕太さん(34歳)  佐久中央小・佐久中 小清水将志さん(26歳) 八千穂小・八千穂中 菊池俊文さん(35歳)  佐久中央小・佐久中 小林裕太さん(23歳)  佐久中央小・佐久中 関龍一郎さん(42歳)  神奈川県出身 須田隆太さん(24歳)  八千穂小・八千穂中 ※年齢、肩書等は発行時のものです。 佐久穂町早起き野球連盟CM (関 龍一郎さん制作) 

  • さくほ人座談会〈第8号〉 | koumi-sakuho

    コロナを吹き飛ばす「花さく太鼓」の響き 第8号(2020年12月発行) ~花さく太鼓とは~  平成8年発足、24年の歴史を持つ和太鼓サークル。メンバーは30代から50代の男女10名。 地域のお祭りや南佐久郡内の演奏大会などにも出演し、企業などからの依頼があれば、駆け付ける。見てくれる人、聴いてくれる人たちが元気になれるような演奏がモットー。  新型コロナウイルスの影響もあり、地域のお祭りをはじめイベントなどが軒並み中止に。それ に伴い、3月から活動を休止していました。ようやく9月に活動を再開し、練習場となる茂来館 に力強い音が響き始めました。聴いた人を元気にさせる和太鼓の音で、またその迫力ある音で、「コロナ退散を」と腕を撫(ぶ)しています。  今回はメンバーのうち4人に集まってもらい、花さく太鼓の魅力についてうかがいました。 Q:花さく太鼓に入ったきっかけは 伴野晴孔さん(以下伴野)  お祭りなどで見ていてかっこいいなと思って、小学校5年の時に入りました。11歳で入ってからずっと続けていて20年になります。 高見澤命さん(以下高見澤) 小学校の音楽祭で太鼓を叩いたんですが、音楽祭が終わった後に花さく太鼓があることを知って、練習に行ったことがきっかけで入ることになりました。伴野さんの少し後に入ったので私も20年です。 木島理恵さん(以下木島)  もともと興味はありましたが、同僚に誘われたのがきっかけです。13〜14年になります。 星野成美さん(以下星野)  同じ職場で働いていた木島さんに誘われました。高校生の時、文化祭の出し物で和太鼓をやったことがあり、興味はありましたが、木島さんからは「おいで、おいで」と誘ってもらったのがきっかけです。 Q:和太鼓の魅力は 伴野   和太鼓はただ音を出すだけではなく、身振り手振り、ばちさばきなどパフォーマンスの部分も多彩で、全部がかっこいいのが魅力です。いかにかっこよく打つかも大事で、そこが難しさでもあります。 星野   とにかくあの音に魅かれます。惹き付けるというか、日本人の心に響く音ですね。 Q:花さく太鼓らしさは 伴野   明るさと元気です。メンバー同士がとても仲が良く、そういったチームワークの良さや明るさが演奏に出ていると思います。ほぼ年メンバーが変わっていないので、ある意味では完成されているのですが、それが(新しいメンバーが)入りにくい面でもあるのかもしれません。 星野   見ている人も楽しめるようにと心掛けています。私は真顔で叩いたことってないですね。ずっと笑顔でやっていると思います。だって楽しいから。 高見澤  見ている人はもちろんですが、叩いている自分が楽しくなるのが私たちの和太鼓です。 Q:花さく太鼓をやっていて良かったと思うことは 伴野   見に来てくれたお客さんが、自分たちの顔を覚えてくれているんです。「太鼓やってた人だよね」って声を掛けてもらったり、地域とつながっている実感があります。祭りなどで演奏が終わった後に、「良かったよ」とか「元気になれていいよね」などと言ってもらえるのが、何よりうれしいですね。交流の幅が広がった感じがします。 高見澤  私も地域とのつながりができることですね。企業の催しなどに呼ばれて叩くこともあり、喜んでもらえると地域とのつながりや地域に貢献できたことを実感します。 星野  私は根っからのお祭り好きで、お祭りは「見る」よりも「やる派」。見ているだけじゃつまらないし、自分でやりたいタイプ。だから、太鼓をやっていてよかったです。途中、子どもを産んで抜けていた時期もありましたが、その間も早く戻りたい気持ちでいっぱいでした。 木島  運動不足解消にもなるしね(笑)。 Q:新型コロナウイルスの影響で活動できない期間び心境は 木島   3月の南佐久の合同演奏会が一週間前に中止になってしまったり、お祭りがなかったのでさびしかったです。やっているからにはやはり発表の場がほしいですね。 Q:演奏を披露する機会があれば、どんなところを見てほしいですか 伴野   最近は暗いニュースしかないので、演奏を見てもらって、前向きな気持ちになってもらえたらうれしいですね。 木島   佐久穂町は昨年の台風19号で大きな被害を受けましたが、花さく太鼓の元気な音で、佐久穂町は元気だぞ、と発信できたらいいなと思っています。早く叩く機会ができればいいですね。 高見澤  二人が言ってくれたように、元気にやっている人たちがいるなっていうのを見せることができたらいいですね。 Q:これからの花さく太鼓をどうしていきたいですか 伴野   実はあまり知られていないというか、うちの町に〝太鼓〞があったことを知らない人もいるようなので。地元の人に知ってもらって「花さく太鼓っていいよね」って言ってもらいたいですね。 まだ未定ですが、また、南佐久郡の合同演奏会ができたらいいなと思っています。その間にレパートリーを増やしてスキルアップもしたいです。そういう意味では、新たに入りたいと思う方には、いいタイミングです。見るのはいいけど自分がやるのは恥ずかしいという声を聞きます。やってみれば本当に面白いので、興味のある方はぜひ一緒にやりましょう。メンバー募集中です。 星野   一緒にやってくれる人を増やしたいです。私たち親世代にどんどん参加してほしい。子どもにやらせたいという声はよく聞くのですが、まずお父さん、お母さんにもやってほしいです。それをきっかけに子どもにも興味を持ってもらえたらを思っています。 星野  私は根っからのお祭り好きで、お祭りは「見る」よりも「やる派」。見ているだけじゃつまらないし、自分でやりたいタイプ。だから、太鼓をやっていてよかったです。途中、子どもを産んで抜けていた時期もありましたが、その間も早く戻りたい気持ちでいっぱいでした。 Q:今後花さく太鼓とどう関わっていきますか 星野  生涯現役。そのうち自分の子どもと一緒にやりたいですね。 高見澤  叩けなくなるまでやりたいと思っています。 ■参加者プロフィール 伴野 晴孔さん(31歳)佐久西小・佐久中卒 高見澤 命さん(31歳)佐久西小・佐久中卒 木島 理恵さん(41歳)佐久中央小・佐久中卒 星野 成美さん(33歳)八千穂小・八千穂中卒 ※年齢、肩書等は発行時のものです。 花咲く太鼓演奏視聴 『祭り囃子♪ 』(YouTube動画) 花咲く太鼓演奏視聴 『晴天♪ 』(YouTube動画) 茂来館での「祭り囃子」演奏の様子。 お祭りやイベント等、地域の様々な行事で威勢の良い演奏を披露。写真は平成30年11月に開催された大日向地区のイベントの様子。

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    小海町と佐久穂町の情報発信 こうみ・さくほ通信 「さくほ通信」は、「こうみ・さくほ通信」に生まれ変わりました。 住んでいる人も住んでいない人も、こうみ・さくほ通信を楽しみたい人に。 山菜採り 川遊び スケート 山菜採り 1/4 News (新着情報) 2025年12月25日 こうみ・さくほ通信 第4号が発行されました 紙面はこちらから→「タブロイド版 こうみ・さくほ通信」 タブロイド版 こうみ・さくほ通信 「これまで「さくほ通信」として14号まで発行してきた地元情報誌が、今年から小海町と佐久穂町の情報を発信する『こうみ・さくほ通信』にパワーアップ!  to タブロイド版 「こうみ・さくほ通信note」は長野県東部の佐久穂町で起きている出来事を魅力的に発信したい人たちのグループとして始まった「さくほ通信club」を発展させ、2024年からスタートしました。両町の魅力やそれを楽しむイベントを開催しnoteにて様子をお届けしています。 to note STARS まちの仕事、未来への星図 STARSは、小海町・佐久穂町で、夜空で輝く星のように、 まちで輝く企業や、働く人々のお話を聞くインタビューページです。 星空を見るように、ちょっと立ち止まって話を聞いてみてください。 まちの仕事を知ることで、自分の居場所や、未来への道筋が、 少しだけわかるかもしれません。 to STARS 人材採用の5つのステップを知ろう 人を採用するために押さえておきたいステップ (地方中小企業の成功事例付き) 内容はこちら 地域で働く ガイドブック 実例 地方で幸せに働くための準備とコツを紹介! 内容はこちら 人材募集をしたけれど良い人が来てくれない、そもそも応募がない、そんなお悩みがありませんか? 良い採用をするためには、ただやみくもに募集をするのではなくあなたの会社に合った人材戦略を考えて実行する必要があります。 その方法を5つのステップでご紹介します。 「こんな町に暮らしてみたい」「ここで人生を過ごしていきたい」̶̶そんな夢があっても、「仕事はあるの?」「どうやって食べていくの?」という壁があってためらっている、そんな人のためにこの冊子をつくりました。たくさんの実例や考え方のヒントを見て、少しでも「前に進めそう」と思っていただけたら幸いです。(本文より) 佐久穂町と小海町による地域活性化のための同盟に関する協定  小海町と佐久穂町では「佐久穂町と小海町による地域活性化のための同盟に関する協定」を令和2年4月10日に締結し、以降協定に基づいた各種連携事業に取り組んでいます。 地理や風土が共通する両町では、今まで住民や事業所による数多くの交流があり、行政も観光や移住促進等で協力を進めてきました。  現在、両町では人口減少や高齢化の加速、災害の激甚化、保健衛生上の事態など町域を越えて対処すべき課題が急増しています。   本協定では、隣接する両町が従来からの協力関係を発展させ、それぞれの独自性を尊重しつつ、連携と交流、相互補完の拡大と充実を図り、地域活性化と住民福祉の増進を目的としています。(協定書第1条)

  • エピローグ〈第9号〉 | koumi-sakuho

    「パン工房エピローグ」 小林夫妻 第9号(2021年12月発行) ー開店経緯を教えてください (小林高行さん、以下高行さん)出身は佐久穂町なんですが、もともと東京で12年程パン屋で働いていて、いつかは自分のお店をやってみたいと思っていました。そんなある日、知人から「佐久穂町でパン屋を開かないか?」との誘いがあり、佐久穂町へUターン。ところが、実際に帰ってきてみたら、その話しは立ち消えになってしまって、他の仕事につくこに。そのまま月日が流れ、パン屋を開くことは半ば諦めていたんです。が、妻が是が非でもやりたいと。 (小林浩美さん、以下浩美さん)夫とは、中学からの付き合いで。彼は覚えていないかもしれないですけど、「将来は帝国ホテルでパンを焼くんだ!」と語ってたんですよね。そんな彼の夢を聞いて「あぁ自分もいつかパン屋さんの店頭に立ちたい!」と思うようになりまして。周囲にも「いつかパン屋さん開くからね!」と言い続け、周りからも「パン屋さんいつ開くの⁉」と聞かれるような状況を作って、パン屋を開かざるを得ないような環境を積み上げ、夫のお尻に火をつけていったんです。そんな中で、子育ても一段落して、続けてきた保育園の仕事も終わりが見える中で、このタイミングしかない!と思い切って開店するに至りました。 (高行さん)まさかこの年になって、かつての夢が叶うとは。人生本当に分からないものですね。自分たちの人生の終盤にこのようなお店を開かせてもらえること、そしてパンの主素材である「小麦=エピ」から言葉をいただき、「エピローグ」という店名ではじめることにしました。 ー開店して2か月が経ちますがやってみていかがですか (高行さん)いやもう正直「大変」の一言ですね。開店時間にパンを焼き上げるためには、午前2時には仕込み始めなければならず。また2時に起きるためには、夜7時には寝ないといけない。そうなると、大好きなお酒もあまり飲めずで……、もうなんだかなと思ったりもします(笑)。でも、パンを焼きながら厨房からお店の様子を見ていると、本当にたくさんの人が来てくれて。そして、本当にいい笑顔でパンを買ってくれる。また、買っていただいた方が口々に「パン屋を開いてくれてありがとう!美味しい!」と言ってくれる。うま く言えないですが、あぁお店を開いて本当によかったなと、じんわりと感じています。 (浩美さん) パンの良い香りに包まれながら、お客様の笑顔を見ることができる、皆さまからも、たくさんの感謝の言葉をいただける。本当に幸せな時間を過ごすことができています。こんな素晴らしい夢を叶えてくれた夫に対して、ただただ感謝の気持ちしかありません。もちろん、お店をやることは大変な面も多々ありますが、想像以上に夫が手際よく働く姿に、良い意味で驚いたりもしてまして。あーただの吞兵衛じゃなかったんだな、と(笑)。 (高行さん)パン屋を開いてなかったら、自分はお荷物扱いされてたかもしれません(笑)。そういう意味でも、自分が活躍できるパン屋という場を作ってくれた妻には感謝しないといけないですね。 ーお店の特徴や、今後どんなお店にしていきたいかを教えてください (高行さん)皆さまには、なるべく体に良いものをお届けしたく、できるかぎり素材は無添加のものを選んでまして。ジャムやクリームなども市販のものではなく、妻が手作りしたものを使っています。またできる限り地物の素材を使うことで、地域の恵みを無理なく循環させていくようなことができれば嬉しいですね。白樺の樹液を使った食パンなどは、エピローグでしか買えない逸品、ぜひお試しいただければと思います。開店して2か月が経ち、少しリズムも作れてきたので、色々と焼いてみたいと思っているパンにも、順次チャレンジをしていきたいと思っています。 (浩美さん)とにかくお世話になっている地元の皆様に、「美味しい!」の笑顔を届け続けられるよう、細く、長く、やっていけたらと思っています。なにぶん初老の二人が体に鞭を打ちつつやってるお店なので、ご迷惑をおかけすることもあるかもしれませんが、温 かく見守っていただければ。あとは、「 60歳を迎えた自分達でも人生の最終章でこんな夢を叶えられた」という事例を通じて、周りの皆さまが、何か一歩踏み出してみるきっかけになれたら嬉しいですね。素晴らしい手仕事をされている友人が何人もいるので、そのような 仲間の作品を、お店で販売していくようなこともできたらなと思っています。 ー18歳の皆様に一言メッセージをお願いします (高行さん)紆余曲折ありながら、気が付けばパン屋をやるに至っていました。パン屋さんで働いていた時のスキルがベースになってはいますが、それ以外の仕事も含めた経験があってこその今だなと痛感しています。皆さんが大人になり、働く時には、やりたいことも あれば、やりたくないこともあるかもしれません。でも、ひとつひとつに必ず意味がある。どんな環境でも腐ることなく、その時々のお仕事を良い経験として楽しんでもらえたらと思います。 (浩美さん)60歳というこのタイミングで夢が叶ったのは、2つあると思っています。ひとつが「パン屋になりたい!」と言い続けたこと。ひとつは、袖触れ合うも何かの縁という言葉がありますが、人との出会いを大切にしてきたこと。言葉に出すことで自分がやりたいこ とが明確になり、ご縁があった方々にその思いを伝えることで助けも得られる。結果的に自分自身の道が開けてくるんだと思います。夢というと大げさかもしれませんが、やってみたいことがあれば、皆さんもぜひ臆することなく、周りの方に言葉に出して伝えてみて 欲しいと思いますし、エピローグはそんな皆さんの「やりたい」を応援していければと思います。 パン工房 エピローグ 【住所】佐久穂町高野町413-4 【電話】0267-88-6990 【営業】午前10時~午後5時(なくなりしだい閉店) 【定休】月・火 【駐車場】3 台 【instagram】 https://www.instagram.com/epilogue_pankobo/ 取材・テキスト 豊田陽介(東町) カレー屋ヒゲめがね  @higemeganecurry

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