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  • 株式会社データサービス | koumi-sakuho

    ★ 創業60年のIT企業が挑む、 失敗を恐れない組織づくりと地方拠点が果たす役割 株式会社 データサービス  東京に本社を置きながら、小海町にオフィスを構え、子どもたちへのプログラミング教育、UIターン人材の受け入れなど、地域課題の解決にも一役買うIT企業があります。「0.5歩先のビジネスを見据えて」をミッションに社員の働きがい向上と活気ある組織づくりを目指す取り組み、地域貢献に対する考え方について、データサービス代表取締役社長の坂本哲也さんに伺いました。 創業60年のIT企業が大切にする南佐久地域との縁  データサービスは、創業者が南相木村で育ち、南佐久実業高等学校(現・小海高等学校)の卒業生であったという縁から、2004年に南相木村に保養施設「おぐら山荘」を、2008年に小海町に「佐久ソフト開発センター」を開設しています。また、南相木村では未就学児と小学生にプログラミングを教える「プログラミング寺子屋」も運営しています。 佐久ソフト開発センター  会社は1964年設立と、IT企業としては老舗と言って良いでしょう。創業者は勤務先だった立川米軍基地でITが活用される様子を見て「日本にもITの時代が来る」と確信し、起業に至ったそうです。  まずはデータ入力サービスを立ち上げ、1970年にソフトウェア開発に進出すると同時にNECの仕事を受注するようになりました。現在もNECグループのパートナー企業として、様々なシステム開発のプロジェクトに関わっています。    開発するのは企業向けのシステムなので直接目にする機会は少ないですが、私たちに身近なスーパーやコンビニ、アパレルメーカーなども含む、様々な企業の業務を支えています。 真面目な技術者集団に「チャレンジ精神」を根付かせたい  顧客企業のビジネスを支えるシステムを開発したり運用・保守するという仕事柄か、データサービスの社員は真面目で、どちらかというと保守的な人が多い傾向にあると、坂本さん。「0.5歩先のビジネスを見据えて」をミッションに、よりチャレンジ精神に溢れた文化を醸成しようと努力しているところです。 データサービスの企業理念  「これからの世の中で事業を続けていくには、私たちが進んで新しいことにチャレンジし、お客様に喜ばれる提案をしていかなければいけません。そのために必要なのが、チャレンジに伴う失敗を許容するマインドと、コミュニケーション能力です。IT技術者には、目の前の仕事を確実にやり遂げることを大事にする真面目な方が多く、それを急に変えることは難しいでしょう。そこで、色々な方をお呼びして社内で講演をしてもらったり、FFS理論(※)を取り入れて社員それぞれの特性を理解した上で力が発揮できる組織編成を考えるなど、皆さんがもっと働きがいややりがいを感じられるような組織づくりに取り組んでいるところです」(坂本さん)  (※FFS理論:適切な人材配置やチーム編成を行うことで組織のパフォーマンス向上を図ることを目的に、個人の思考行動の特性を5つの因子(凝縮性、受容性、弁別性、拡散性、保全性)で分析する理論)  最近の取り組みの中で手応えを感じたのは、一昨年の社員旅行だそうです。  「60周年の記念事業として、沖縄の石垣島への社員旅行を実施したんです。目の前の仕事や東京で起きていることが全てではなく、世の中は大きく動いているんだということを肌で感じてもらいたいと考え、皆さんに色々な経験をしていただきました。行く前はみんなが楽しみにしていたわけではなかったと思いますが、事後のアンケートでは参加したほぼ全員が『良かった』と回答してくれました」(坂本さん)  この結果を受け、坂本さんは次の社員旅行の行き先にベトナムを提案しました。しかし、参加を希望する社員は3割に満たず、実施は保留となっています。坂本さんとしては、慣れ親しんだ日本を出て、経済的にも発展中で勢いのある国に行って刺激を受けて欲しいという考えでした。しかし、外の世界に目を向け、新しいことを吸収しようという気運を高めるには、もう少し時間をかけて働きかけていく必要があるようです。 顧客とともにチャレンジし成長する、新しい関係へ チャレンジには失敗がつきものとはいえ、顧客に迷惑をかけるわけにはいきません。坂本さんが考える具体的なチャレンジの方法として、ひとつは業務のプロセスを変えてみるというものがあります。例えば、社内で使える生成AIの仕組みを提供しているので、それを積極的に使って効率化を図る、といったことが考えられます。 もうひとつは、顧客に対し、共にチャレンジすることを提案するという方法です。 「新しい分野に関しては、お客様も我々も分らないことが多く、一緒にチャレンジすることで、お互いが成長していくという関係性もあり得ると思います。最初はこちらの手弁当でやりますから、近い将来一緒にビジネスをできるような挑戦を共同でやってみませんか? というような提案をできる社員が、増えていってほしいですね」(坂本さん)  チャレンジ精神に溢れた活気ある職場づくりに力を入れる背景には、それが若手や女性社員の定着に寄与すると考えるからでもあります。  「少し前は、新卒の学生が『静かな会社ですね』と言うことがよくありまして、それは褒め言葉ではないんですよね。女性の採用も積極的に進めているのですが、『IT業界が合わなかった』と辞めていく人もいます。そこで最近は、オフィスに音楽を流したり、ディフューザーによる香りを取り入れたり、健康的で美味しい”置き菓子”を設置したりと、会社の雰囲気を変える工夫も進めています。もちろん給与は大事な要素ですが、人材の獲得競争が激しいIT業界で給与の額だけで勝負するのは限界があります。そんな中で一番重要なのは、働きがいや自らの成長を実感できるような仕事に取り組める会社であるということだと思うんです。そのためにも、社員には外の世界に目を向けてほしいし、今後は海外との仕事も増やしていきたいと考えています」(坂本さん) 佐久ソフト開発センターが担う2つの役割  データサービスには、東京本社の他に札幌、宇都宮、名古屋、長野に拠点があり、それぞれでシステムの開発や保守、営業活動を行っています。  小海町の佐久ソフト開発センター(以下、開発センター)で行っている業務のひとつは、インドの会社が開発したクラウド型サービス「Zoho CRM(Customer Relationship Management)」の問い合わせ窓口です。データサービスが代理店として販売した顧客企業からの問い合わせに対し、基本的な操作方法を教えたり、顧客の目的に叶う使い方を提案したりする仕事です。 佐久ソフト開発センター  サービスの導入企業は今後も増え、今の人員だけでは足りなくなる見込みです。また、問い合わせを受けるだけでなく、佐久地域の中堅・中小企業に対する営業活動も展開していきたいという考えがあり、今後センター勤務の社員を増やしていく計画です。  開発センターで担うもうひとつの仕事は、南相木村から受託している「プログラミング寺子屋」の運営です。週末の公民館や放課後の学校で、未就学児と小学生を相手にタイピング、プログラミングに必要な論理的思考、子ども向けのツールを使ったプログラミングなどを教えています。 南相木村の小学生にプログラミングを教える様子  「プログラミング寺子屋」は2017年から続けており、継続して担当しているメンバーは子どもたちとも仲良しです。また、東京勤務のメンバーが手を挙げ、定期的に長野に通って寺子屋の運営に関わった時期もあるなど、会社としても力を入れてきました。坂本さん自身、この事業には大きな意義を感じています。  「文部科学省の学習指導要領では”生きる力”を身につけることを重視し、その土台のひとつに論理的思考力があると書かれています。我々が取り組むプログラミング教育は、まさにその力を育てるものなんです。寺子屋に参加した子どもたちがITを利用するだけではなく”作り手”になるような人に育っていってくれるんじゃないか、そんな可能性を感じながら取り組んでいます」(坂本さん) 自然に囲まれた拠点ならではの働き方の可能性 左から、本社から訪れたシステム事業本部 特命マネージャーの宮崎哲也さんと、システム事業本部 名古屋営業所 課長 兼佐久ソフト開発センターの責任者の三浦繁さん  開発センターでは現在、20〜50代の男性4名、女性2名が働いています。  ここで働くことになった経緯は様々ですが、地元の小海高校を卒業して新卒入社、東京の本社勤務を経て故郷の佐久穂町にUターンするタイミングでセンターに異動、長野県へのUIターンを機に中途入社……など、この地域で暮らしていきたいという希望を叶えている人が多いようです。  坂本さんは、開発センター勤務の社員を10名程度まで増員したいと考えています。新たに加わってくれる人には、地域の中小企業に「Zoho CRM」の導入を提案したり、利用企業のニーズに合わせてカスタマイズをしたりという仕事で活躍を期待しており、顧客のビジネスを理解しつつシステムの活用方法を提案できるような、いわゆるSE(システム・エンジニア)の経験のある人が望ましいとのことです。また、創業者の母校である小海高校を始めとする地元の高卒者の採用も積極的に行い、地域に貢献したいと語りました。  なお、開発センターがある小海町には、他の拠点の社員が訪れる機会もあります。小海町が都心部の企業向けに提供している滞在プログラム「憩うまち小海 」に参加し、湖畔での森林ウォークやヨガなどを体験することも。これも、目の前の仕事から少し離れ、より広い視野を持つきっかけになります。  坂本さんは、開発センターのオフィスを他の拠点の社員のリフレッシュや越境経験のためにも活用できるのではないかと考えています。  「当社に限らず、IT業界ではメンタル不全に陥る方が少なくないんです。そういう方が開発センターに来て、仕事をしながら農業をする『半農半IT』のような過ごし方をすることで回復していただく、そんなことができないかと考えています。また、地域のイベントの時期に合わせて社員が滞在し、一緒に盛り上げたりしてもいいですね。いつもとは異なる環境で過ごし、その良さや課題を肌で感じることで、お客様への提案内容も随分変わってくるんじゃないかと思います。私自身、南佐久地域の自然や美味しいプルーンなんかが大好きなので、今まで以上に関係を深めていきたいと思っています。」(坂本さん) 文:やつづかえり 株式会社データサービス

  • STARS|まちの仕事、未来への星図

    STARSは、小海町・佐久穂町で、夜空で輝く星のように、 まちで輝く企業や、働く人々のお話を聞くインタビューページです。 星空を見るように、ちょっと立ち止まって話を聞いてみてください。 まちの仕事を知ることで、自分の居場所や、未来への道筋が、 少しだけわかるかもしれません。 ★ ここに暮らす幸せを感じられる家をつくる、そのために常に挑戦する会社でありたい。 >>> 株式会社トモノ メンバーが楽しく幸せな会社で日本の地方を元気に! >>> 株式会社Vitalize 車の部品からモデルガンまで、精密な製品づくりを支える技術と多世代の協力体制 >>> 株式会社 浅川製作所 多様な役割のチームワークで実現。一軒一軒が違う家づくりの醍醐味 >>> 大栄建設株式会社 地域とともに50年、ぶれない経営の軸と変化の軌跡 >>> 嶋屋住設株式会社 伝統の技で未来に残る家を作り、次世代を育てる >>> 有限会社 新津技建 時代に即した人材育成で、地域の未来を支える会社に >>> 株式会社 黒澤組 未経験から社外のプロに頼られる存在へ。変化に富む建材商社の仕事のやりがい >>> 株式会社 カネト 創業60年のIT企業が挑む、失敗を恐れない組織づくりと地方拠点が果たす役割 >>> 株式会社 データサービス 長野県地域発元気づくり支援金活用事業 | 佐久穂町と小海町による地域活性化のための同盟事業

  • News (List) | koumi-sakuho

    News (新着情報) 2025年2月28日 お知らせ この度、ホームページをリニューアルいたしました。

  • さくほ人座談会〈第3号〉 | koumi-sakuho

    さくほの夏が待ってる。 第3号(2018年7月発行) 屋台が練り歩く「栄橋」の袂にて  左から/日向 正貴さん、高見沢 将さん、髙見澤 直保さん、小林 和照さん さくほを語ろう 祇園祭の若衆 ほろよい座談会  祇園祭のシーズンが近づいてきました。祭りがつくり出す独特の雰囲気と、高揚感。皆さんも子どものころ祭りで楽しい思い出をつくってきたことでしょう。脈々と受け継がれてきた祇園祭は、地元のアイデンティティーを示すものかもしれません。たとえ働き場所が町外であっても、自分の住む場所は“ここ佐久穂”。そんな佐久穂人も多いのです。佐久穂を愛し、祭りを担う皆さんに集まってもらい、佐久穂と祭りを語っていただきました。 Q:勤務先は佐久市の方が多いようですが、佐久穂町に住み続ける理由は 髙見澤直保さん (以下髙見澤直)  昔からの仲間がいるから。 住みやすいし出る理由が見当たりません 高見沢将さん (以下高見沢将)  自分は3人姉弟の長男で、 当たり前のように住んでいます。 佐久穂町を出ようと考えたこともないですね。 日向正貴さん (以下日向)  東京で働いていましたが、 子どもを保育園に入れようと思ったところ、 待機児童が600人といわれ、 安心して預けられる地元に戻ってきました。 Q:中部横断自動車道が開通しました。 利用は 髙見澤(直)  毎日 (佐久市へ) 通勤に使っています。 早いし快適で、(慣れてしまった)今となっては信号ある道路は走れませんね (笑)。今日、集合時間に間に合ったのも、 中部横断自動車道を使ったからなんです。 日向   通勤もそうですが、開通で大きい影響と言えば、実家が動いたことですね。 道が通るに当たって、立ち退きの話があって、おかげで新しい家になりました。決まったのは自分が東京にいる頃で、『引っ越すから』といわれ、最初、意味が分かんなかったですね(笑)。通勤だけでなく遠出もしやすくなりました。 高見沢(将)  職場は臼田なので、 通勤には使いませんが、新しい道を走る人が増えたことで、 国道が以前より混雑しなくなりました。ある意味、恩恵です。 日向   通勤もそうですが、開通で大きい影響と言えば、実家が動いたことですね。 道が通るに当たって、立ち退きの話があって、おかげで新しい家になりました。決まったのは自分が東京にいる頃で、『引っ越すから』といわれ、最初、意味が分かんなかったですね(笑)。通勤だけでなく遠出もしやすくなりました。 高見沢(将)  職場は臼田なので、 通勤には使いませんが、新しい道を走る人が増えたことで、 国道が以前より混雑しなくなりました。ある意味、恩恵です。 Q:佐久穂町の好きなところは 小林和照さん(以下小林)  自然豊かなところ。これしかない。子どもがのびのびと遊べる環境が整っているのがいいですね。 髙見澤(直)  とにかく自然が好きなんで。 趣味で釣りをするので、千曲川をはじめ、釣りをするには最高の場所です。行こうと思えば、すぐそこに川がありますから。 高見沢(将)  ほのぼのとした雰囲気が好きです。ほどよく便利。ツルヤもモスバーガーもあるし。 日向   歩いて千曲病院にも行けるし(笑) 。 Q:祇園祭の思い出や、祭りへの思いなどを聞かせてください 小林   妹が祇園祭の日に生まれたので、 お祝いで寿司が食べられる日というか、一年の中でもうれしい日でした。祇園祭には高校生の時から携わってきましたが、大変なこともありますが、やる側は楽しいです。見ている側であれば、〝しめきり〞の意味も分からず見ていたと思いますが、やる側になって初めて知ることもたくさんありました。 髙見澤(直)  祭りの楽しみといえば出店。子どもの時、小遣いを握りしめて、東町の出店にいきました。酒臭いおじさんが屋台を押している印象はありましたが、太鼓を打つ姿が格好いいなと思っていて、いつか自分もやりたいなあ、なんて思っていました。 高見沢(将)  昔は今よりも華やかだった気がします。 昔は、7月27日が宵祭り(前夜祭)28日が本祭と日にちが決まっていて、他の市町村のお祭りと開催日が必ずずれていたのですが、今は7月末の金・土曜日に開催される様になり、他の市町村の祭りと重なってしまい、 そちらに行ってしまう方が多いのが残念です。 だからこそ、 一層盛り上げて守っていかなきゃ、という使命感は持っています。 髙見澤(直)  自分たちがわくわくしたように、今の子どもたちにも、自分たちが体験したような楽しい思い出をつくってあげたいと思っていますね。 Q:佐久穂町の祇園祭はどんな祭り 高見澤(勝)  もともとは東町以外の3町でやっていたそうなんですが、相生が〝男屋台“、私の翠町が〝女屋台”柳町が〝男屋台〞と言われています。翠町の屋台には格子が掛かっていて中が見えない。羽目をはずすことはやってはいけなくて、〝品よく〞と教えられました。4町ごとによって演奏して良い曲といけない曲が決まっているんです。 高見澤(直)  翠町の後に続くのが相生町なんですが、相生の後ろの東町から〝女屋台〞を守るのが僕らの役目。女屋台に追いつかれないように時間を稼ぐんです。とはいっても、屋台をぶつけちゃいけなので、ぶつからないようにうまくやらないと。 日向   とにかくちゃんと叩けと言われています。東町に入ったら、激しい曲をエンドレスで叩きました。有志をもらっている店の前では、演奏を見せるんです。子どもの時は、理由は分かっていませんでしたが、自分が携わって初めて分かりました。 Q:今年の祇園祭への意気込みを 高見澤 (直)  祭りとして自分たちが楽しむだけでなく、神事だということを意識しながらやっていこうと思っています。 高見沢(将)  高野町祇園は若衆が運行し、皆40歳ぐらいで卒業します。しかし、翠町は父が祇園の現役だった頃、若衆だけでは人数が足りなくなり、それ以来、翠町の常会で運行する様になったそうです。なので、うちだけ年代が幅広い。せっかく長く携わらせてもらえるので、伝統を守っていくことを使命にやっていきたいです。 日向   35歳で定年といわれていましたが、 人がいないので、今年からお手伝い役として携わっていきます。 一人でもいいので、新人に入ってほしいですね。入ってもらって新しい風を吹き込んでもらって、次の世代に繋げていきたいですね。 小林   まずは競り合いなどでケガなくやることです。東町は特に人手不足なので、 新しい人に入ってもらいたい。4町で力を合わせて町の盛り上がりをつくりだしたいです。 高野町祇園祭概要  高野町祇園祭は、毎年七月下旬に開催されます。一説には江戸時代から四百年続いているともいわれていますが、起源は明確ではありません。高野町諏訪社に鎮座する「素戔嗚尊(スサノオノミコト)」のご神体を納めた神輿を先頭に、宵祭り、本祭りの二日間、四台(柳町、翠町、相生町、東町)の屋台が疫病退散を祈願し、大太鼓、締太鼓、鼓、笛、三味線で奏でるお囃子とともに、6か所に張られた「注連縄(しめなわ)」を切って回ります。以前は高野町地区のみのお祭りでしたが、今では伝統的な町のお祭りとして住民に親しまれています。今年は7月27日(金)・28日(土)に開催されます。 ■参加者プロフィール 髙見澤 直保さん (37歳) 佐久西小・佐久中卒 会社員 佐久市内勤務 高見沢 将さん  (41歳) 佐久西小・佐久中卒 佐久市内病院勤務 日向 正貴さん  (37歳) 佐久西小・佐久中卒 佐久市内メガネ販売店勤務 小林 和照さん  (31歳) 佐久中央小・佐久中卒 自営業 ※年齢、勤務先等は発行時のものです。

  • さくほ人座談会〈第4号〉 | koumi-sakuho

    名誉とプライドをかけて戦う  さくほプライドSAKUHO PRIDE 第4号(2018年12月発行) 後列左から/由井正巳会長、小林孝監督、高野英次事務局長、岡部豊久総監督  前列左から/笹崎慎一さん、古池伊吹さん、小林裕太さん、井上星弥さん 左から/笹崎慎一さん、小林裕太さん、古池伊吹さん、井上星弥さん 駅伝メンバー“リレー”インタビュー  年末年始は駅伝シーズン。全国高校駅伝や箱根駅伝も、もちろん良いのですが、身近な駅伝チームにも注目です。来年春に長野市内の市町村がふるさとの名誉とプライドをかけて戦う「長野県市町村対抗駅伝」が行われますが、その一部のメンバーに集まってもらい、お話を聞きました。これを読んだら、選手がもっと身近な存在に。わがまち「佐久穂」を背負って走る駅伝チームを応援しましょう。 Q:みなさんの陸上の経歴は 古池伊吹さん(以下小池)  私は松本市出身で、県警佐久警察署八千穂駐在所に勤務しています。中学までは陸上をやっていましたが、高校時代はやっていなくて、就職してからまた“走り”出しました。きっかけはダイエットだったんですが(笑)。それから、町の方から「走ってるらしいじゃないか」と声が掛かって、いつの間にかこちら(駅伝)のメンバーになってました。 笹崎慎一さん(以下笹崎)  本格的な陸上は高校からです。小中学校のときは、野球、バスケなどやっていましたが、全国に名の知れた高校で走ってみたいと思い、佐久長聖高校に進学しました。2年の時には全国高校駅伝で3㎞の区間でしたが区間1位でした。日本大学では念願の箱根駅伝で、1度その舞台に立つことが叶いましたが、山登りの5区でこちらは最下位でした。その後は、地元に就職しましたが、市町村駅伝なので、こうやって走れる環境があるのがうれしいですね。なければやめていたかもしれません。 小林裕太さん(以下小林) 上田西高校の時から陸上を本格的に始めました。ぎりぎりの部員数でしたので、1年生の時から出場させてもらいました。3年の時は1区で2位に入ることができました。箱根にあこがれて大学に進学しましたが、國學院大學時代は、残念ながらメンバーには入ることができませんでした。 井上星弥さん(以下井上)  小学校5年からサッカーをやっているのですが、中学のマラソン大会で3位に入って、中2から市町村駅伝のメンバーに入れてもらっています。 Q:みなさんにとって駅伝の魅力とは 古池  普段一人で走っているので、仲間と走るのはすごく楽しいです。駅伝じゃないと味わえないですね。 笹崎  学生時代は勝負に徹していたけど今は自分の中で捉え方違ってきています。一人ではなくタスキをつなぐことによって、責任感も出てくる。そういった思いを持って走ることです。 小林  魅力を伝えるのは難しい。実際に走ってみないとわからないことも多いので。やったことない方にはぜひ、やってみてほしいです。 井上  一人一人が100%の力を出さないといけない。そこが魅力です。 Q:来年の長野市町村対抗駅伝に向けて今取り組んでいること、目標などは 古池  市民ランナーとして月2回ぐらいマラソン大会にでています。まずは3時間を切ることを目標にやっていますが、フルマラソンはスピードも必要なので、マラソンの練習が駅伝にも生きていて、タイムアップにつながると思います。 笹崎  ここ何年かは不甲斐ない走りになっているので、来年はしっかりと走りたい。そのためには時間をかけて練習するしかないですね。若いチームなので、流れが良くなれば勢いでいけると思うので、自分が流れを変えられるような走りをしたいです。 小林  市町村駅伝は特別な思い入れがあります。陸上をやろうと思うきっかけになった大会です。今年は不甲斐なかったので、来年は区間賞をとりたい。笹崎さんもとっているんで(笑)。 井上  ぼくも区間で良くないので、来年は最後なので、しっかり走って順位を伸ばしたいです。 古池  最後って言わなくていいんじゃない。進学しても(大会は)ゴールデンウイークだから帰ってくればいいから(笑) Q:普段はどこで練習を、走っていて好きな場所や景色は 古池  今日も(取材場所まで)走ってきました。通常は夜を中心に走っています。南は小海駅、北は臼田駅あたりまで。昼間走っていると、いつも靴下が派手なので目立つみたいで、町民の方にすぐばれるんです。(警察官という)仕事柄、地域の方に顔を覚えてもらうのはいいことなんですが。 笹崎  ほとんど走れていません。基本的に土日をメインに走っています。八千穂小・中学校出身なので、特に春、千曲川沿いの桜並木の辺りを走るのが気持ちいいですね。 小林  「元気が出る公園」の坂を上って一番上まで行くんですけど、駐車場からの景色を見下ろすと、最高に気持ちいい瞬間です。 井上  千曲病院の上の農道を走っています。アップダウンが激しいのですが、下りで浅間山がきれに見えます。 Q:佐久穂の代表として戦う意気込みを 古池  もともと佐久穂の住民ではありませんが、町に溶け込めるきっかけになったのが市町村駅伝です。佐久穂のためにがんばりたいです。 笹崎  佐久穂の学校には陸上部がなくて子どもが(競技で)走る機会がありません。こうやって駅伝を通して走る機会があるのはすばらしいことだと思っています。そして何より、選手だけで走れるわけではなく、監督をはじめ支えてくれるみなさんのおかげで走ることができるので、そういったことに感謝して走りたいです。 小林  私たちは皆さんに支えらえているので、走る側としては結果を出したい。以前の駅伝で、佐久穂町の名前をテレビで間違えられたので、佐久穂町の名前をもっと知ってもらえるよう、アピールできるように頑張りたいです。 ■参加者プロフィール 笹崎 慎一さん(29歳) 八千穂小・八千穂中 佐久穂町役場勤務 小林 裕太さん(22歳) 佐久西小・佐久中 上田情報ビジネス専門学校在学中 井上 星弥さん(17歳) 佐久西小・佐久中 野沢南高校在学中 古池 伊吹さん(33歳) 松本市出身 長野県警佐久警察署八千穂駐在所勤務 ※年齢、在校、勤務先等は発行時のものです。 佐久穂駅伝クラブは、昭和53年に開催されました長野国体当時の役員選手が28年ぶりに再会し発足されました。楽しく走れる仲間募集中です。連絡は事務局 高野(☏090-4464-4733)までお願いします。 3区 井上星弥君から4区 笹崎慎一君へ この後、笹崎君のスパートにより一気に上位へ 5区 古池伊吹君から6区 石垣美心さんへ 8区 小林裕太君からアンカー沖浦大地君へ

  • さくほ人座談会〈第7号〉 | koumi-sakuho

    祝成人 佐久穂中学校第1回卒業生 20歳(ハタチ)になる同郷の友へ、エールを 第7号(2020年8月発行) ※年齢、肩書、在校等は発行時のものです。 平成27(2015)年4月、佐久穂小・中学校が開校。翌年3月に佐久穂中学校を最初に卒業した皆さんが、今年、成人を迎えます。  6月某日、当時の生徒会役員のうち、5名の皆さんにオンライン対談に参加していただきました。成長した自分を見てもらい、同詩に仲間の顔を見ながら、懐かしい当時を振り返りました。 今回オンライン対談に参加していただいた皆さんの卒業当時の写真です。 小林 大恭さん 八千穂小学校 佐久穂中学校卒9年3組 内藤 翔さん 八千穂小学校 佐久穂中学校卒9年1組 篠原 莉里さん 佐久中央小学校 佐久穂中学校卒9年3組 岡部 紗良さん 佐久西小学校 佐久穂中学校卒9年2組 松澤 杏実さん 佐久中央小学校 佐久穂中学校卒9年4組 Q:記念すべき第_回の卒業生ですが、新しい学校へ移った時の感想は? それまで知らなかった人たちと_緒に過ごすことになってどう感じましたか? 小林   一番最初ということで、生徒会で元をつくったリ、決めることが多くて大変でした。統合して数力月ですぐ打ち解けて仲良くなれました。 内藤   とにかく校舎がきれいなことが印象深かったです。今までにこんなにきれいな建物を見たことがないくらいきれいでした。暖房設備が充実していて快適でした。体育館もきれいで、僕はバスケ部だったんですけど、とても使いやすかったのを覚えています。八千穂中でずっと仲間が変わることなく過ごしてきたので、最初は不安もありましたが、統合してからはすぐに打ち解けて仲艮くなりました。 篠原   佐久中は古い校舎だったので、それに比ペてちゃんとした設備のあるところで学べるのは、有り難かったです。それは地域の方々のおかげと思っているので、そういうところにありがたみを感じたし、学校生活をよくしたいと思いました。それまで知らない人たちと過ごすことは、特に不安もなく、すぐに打ち解けられると 思いました。 岡部   もともと佐久中だった人は、中学一年の後半から新しい校舎にいたので新校舎での思い出がほとんどですが、最初移った時は、きれいで明るいなと感じました。ものすごく広くて、迷子になりそうだな、という感想を持ちました。前の校舎から移って寂しいというよりは、きれいな校舎で学べることでワクワクする気持ちの方が大きかったですね。それまで知らなかった人たちと過ごすことは、前の先生やクラスメートとばらばらになる のは寂しかったですが、最後の一年は新しい顔ぷれでそれはそれで楽しい一年になりました。 松澤   校舎がきれいで、私たち佐久中の生徒は、先に校舎に入っていたので、きれいな状態を保たないといけないなと思いました。もともと佐久中は2クラスだったので、4クラスになると聞いて、驚いて、また不安もありましたが、すぐに仲良くなれました。今日、久しぶりに学校に来ましたが、すごく懐かしいです。全然変わっていないなって。今、交流ホールにいるんですけど、文化祭の前に合唱練習したのを思い出します。 Q:統合して良かったと思うことは?逆に苦労したことは? 小林   友だちが増えたことが良かったです。八千穂だと50人ぐらいでした。倍以上に増え、交流が広がりました。 内藤   自分も人脈が広がったことです。八千穂から来ると新鮮な体験があって充実してました。すべてが初めてということで、苦労した点でもありました。 篠原   私も友だちがたくさん堵えたことです。友だちとの関係はずっと続いていくものなので、中学の時期にたくさん出会えたことはよかったです。普通は3年間同じ仲間ですが、統合があったことで、沢山の友だちと関わることができました。苦労したことは覚えていないくらいないです。 岡部   私も最後の一年間で新しい出会いがあり友達が増えました。苦労したことは、それぞれの学校で委員長がいたので、たくさん話し合いをしました。いろんな意見があってまとめるのに苦労しました。 松澤   いろんな人と出会えて仲良くなれたことです。また行事が大規模でできるようになって、その分盛り上がりも大きくなりました。私は図書委員長をしていたのですが、図書館が小中共同なので、生徒会で小学生とも交流できるものを企画して、と頼まれた時は大変でした。 Q:ふるさと佐久穏町を離れて感じること、外から見た佐久穂町をどう感じる?また、離れて改めて感じる佐久穂町の魅力は? 小林   関東はとても暑さがこたえますが、佐久穂町は涼しいですね。 内藤   東京はあらゆるものが揃い便利な街ですが、危険も多いです。佐久穂町は安全ですね。通学時の満員電車などストレスも多いです。変わっている人も多いというか、コロナもそうですが、自分の身を守る危機管理が大事な街です。佐久穂町に帰ると、水のおいしさ、空気のおいしさを実感します。 篠原  人の温かさですね。帰省して歩いていると、近所の人が声を掛けてくださったり、東京ではありえない、地域の人との関係は、佐久穂町でしか感じられないことです。 松澤   私は松本市に住んでいますが、「佐久穂町出身」というと、「そこ、どこ?」つて言われます(笑)。名前が知れ渡っていないな、と思いました。松本は雨が多くて湿気っぽい。佐久穂町はカラッとしていて、洗潅物がよく乾きますね。 岡部   私は地元を出ていないので外と比較できませんが、地元の人と接する仕事をしていると、優しい人が多いと感じます。 Q :外に出て、佐久穂人としてのアイデンティティーを意識する? 小林  (佐久穂町はどこかという話になると)軽井沢の近くつて言ってしまいます。その方が伝わりやすくて。 篠原   両親が送ってくれた味噌や醤油の味に、佐久穂人だなあと感じています。 松澤   佐久穂町ってどこ?って言われると悔しいです。佐久市は通じるのに、佐久穂町っていうと通じなくなるんです。何が有名なの?って聞かれて、プルーンとかカーネーションって言うと、へえ、みたいな(微妙な反応)・・・。 Q 10年後、あるいは20年後、ふるさと佐久穂町とどう関わっていると思う?(あくまで想像の域で、暮らしている?働いている?) 小林   薬剤師を目指しているので、将来的には地元に戻って、病院、薬局どちらか決めていませんが、地元で地域医療の中で関わっていければと思っています。 内藤   まだ具体的ではありませんが、将来なりたい職業の―つに教師があって、もし教師になるなら、ぜひ、地元長野県に帰ってやりたいと思っています。 篠原   大学を卒業したらすぐに地元に滞りたいと思っています。放射線技師を目指しているので、地元に戻って、佐久地域の医療に貢献できたら。就職して地元に恩返しがしたいです。 岡部   10年、20年後は想像できないことも多いのですが、地元がすごく好きなので、何かしら関わっていると思います。 松澤   管理栄養士を目指しているので、資格をとれば医療関係の仕事に就けます。まだ、具体的にどこに就職とかは考えていないんですけど、佐久地域の医療に携わることができたら、と思っています。 Q :佐久穂町がもっと「こうなればいい」という希望がある? 小林   八千穂IC近くに道の駅ができると思いますが、人が集まる場所になってくれたら。夏になったら友だちを連れてキャンプに行く計画をしていたので、若い人が集まる夏のレジャー施設が充実したらいいなと思います。 内藤   自然環境がよくて十分魅力的です。個人的にはこれ以上望むものはなくて、今のままでいいですね。 篠原   佐久穂町の友だちで関東に行っている人の中にも、「佐久穂町に帰りたい」っていう人もいます、佐久穂町は今でも十分すばらしいです。これからの時代、高齢者が増えるので、高齢者により優しい町になってくれたら。 岡部   住んでいて、いいところだと日々感じています。地域の人が交流を深められたり、参加できるイベントが増えていくといいなと思います。 松澤   自然豊かでいいし、特にこうなってほしいというのはありませんが、魅力のある町なので、もっと外にアピールしていったほうがいいと思います。 Q :帰ってきたい人が多いですが、地元に帰りたい、そう思わせるのはなぜ? 小林   知り合いがいることで安心感につながって、仕事がしやすくなるのではないかと思うし、地元への感謝の気持ちもあります。生まれ育った土地なので、今まで支えてきてくださった方々に、医療の面から恩返しをしたいと思っているからです。 内藤   東京は人が多すぎで、そういった面では大変で苦労しそう。自分も佐久穂町で育ってのびのび生活できたので、働く側としてもやりやすいと思うからです。 篠原   東京では孤独を感じるので。佐久穂町には近くに友だちもいるし、人の温かみが感じられるのが大きいです。 Q :県外の大学へ行きたいとは思わなかった? 松澤   都会の雰囲気、空気が苦手なので。管理栄養士になって、長野県の食に関する健康問題を、どうしたら解決できるかを個人的に学びたいと思ったので。就職してからもやっていけたらと考えています。 Q :成人式で、旧友との再会に期待することは。最後に、旧友へのエールを 小林   みんながどうなっているか、SNS上でしか知らなかったり、近況が分からない人もいるので楽しみにしています。お世話になった先生に会えるのも楽しみです。コロナで大変な時期ですが、力を合わせて、成人式を成功させましょう。 内藤   しばらく会っていない人と、会って話したいです。地元を離れているので、佐久穂がどう変わったよ、とか話すのも楽しみです。コロナもありますが、これから時代がどう変わっていくのか分かりませんが、せっかく、同じ学校でたくさん仲間ができたので、協力していきましょう。 篠原   ほとんどの人がバラバラになってしまっているので、みんなが進路をどう考えているか、その近況を知ることができたら、励みにもなったり楽しいと思います。自分が進むと決めた道に進んで、それがたとえ地元を離れた場所であっても、間接的にでも佐久穂町に還元できたらと思うので、頑張りましょう。 松澤   近況を知らない人も多いので、みんなで集まって話をして。同じ職業を目指している人と、話が盛り上がれば。何だかんだ言っても、地元の友だちが何でも話しやすいと思うので、何か困ったら相談したらいいと思う。 岡部   高校からバラバラになってしまった人が多いので、元気で会えることが一番。みんながいろいろな夢を持っていると思います。今年20歳という歳を迎えるので、お互い夢や目標に向かって成長していければいいな、と思います。頑張りましょう。 Q: みなさんの近況を教えてください 小林大恭さん(以下小林) 群馬県高崎市の高崎健康福祉大学の薬学部に在籍して、薬剤師を目指しています。 内藤 翔さん(以下内 藤) 東京都立大学のシステムデザイン学部に通っています。一般的にはあまり聞きなれない学部ですが、プログラミングを専門的にやる学部です。これからの時代、プログラミングとかIT関係が重要と考え、取り組んでいます。 篠原莉里さん(以下篠原) 杏林大学に通っていて、保健学部の診療放射線技術学科に在籍しています。勉強頑張ってます。 岡部紗良さん(以下岡部) 私は佐久穂町の郵便局で働いています。窓口で手続きやハガキ、切手販売などの業務をしています。 松澤杏実さん(以下松澤) 松本市の松本大学健康栄養学科で、管理栄養士を目指して学んでいます。 私たちも夢に向かってがんばっています! 今回オンライン対談には参加できませんでしたが、オンライン対談を開催するにあたりサポートしてくれた2人からエールをいただきました。 髙柳 夏生さん 上田女史短期大学在籍 佐久西小学校 佐久穂中学校9年1組 ①自身の近況と目指している夢 卒業に向けて卒論や就活など色々なことを進めているところです。目指している夢は特には決まってないですが、 何か人のためになるような事をしたいと考えています。 ②同級生へエールを コロナウイルスの影響で色々と不便な事があるかと思いますが何とか乗り越えて頑張っていきましょう。 友野 萌さん 上田女史短期大学在籍 佐久中央小学校 佐久穂中学校9年1組 ①自身の近況と目指している夢 今は短大に通い自分が取りたい資格や免許を取得するために日々勉強しています。今年は2年生になり、やる事も増えて大変ですが 同じ短大の仲間と一緒に励まし合いながら頑張っています。目指している夢は、まだはっきりとしていなく、ぼんやりと思っている程度なのですが、小さい頃から過ごしており、1番思い入れがある地元に近い場で就職したいと考えています。 ②同級生へのエールを いよいよ大人の仲間入りというこの年に、不安になるような事が起こり大変だとは思いますが、このような事に負けず無事に乗り越え、一人ひとりが立派に成長できたら良いなと思っています。 お互いに頑張りましょう! 恩師からのエール 覚えていますか。私たちからも、エールを送ります! 大西 由美先生 佐久穂中学校 学年主任(当時) ①近況 佐久穂中学校で勤務しています。 皆さんと同じ青ジャージの現在8年3組の担任で日々頑張っます。 ②子どもたちへのメッセージ 早いもので皆さんも20歳になるんですね。 統合した年の卒業生、立派な大人になったことでしょう。明るく楽しく元気よく生活していた皆さんのことは絶対に忘れないと思います。一度きりの人生、思い切り楽しんで下さいね。 山岸 真路先生 佐久穂中学校 9年1組担任(当時) ①近況 佐久穂中学校で8年1組の担任をしています (3回目の青ジャージ担任です)。 男子12名+女子16名、計28名の、笑顔の絶えないにぎやかな子どもたちに囲まれて楽しく生活しています。皆さんに可愛がってもらった息子の宏太朗は、中込中の2年生になりました。男子バレーボール部に入部して頑張っています。身長も180cmになり、見上げて怒っています(笑) 。 今57歳・・・体はそこら中が痛みますが、何とか頑張っています。 ②子どもたちへのメッセージ 「2621」 の皆さん、 「2791」 の皆さん、成人おめでとうございます。旧校舎から新校舎へ引っ越しから統合という難局を、共に乗り越えてきた皆さんは、私にとって教え子でありながら「戦友」 でもあり「同志」でもありました。すでに働いている人もいれば、学業に勤しんでいる人もいると思います。とにかく元気でいてください。自分のまわりの人の中に「キラリ」を沢山みつけられる人でいてください。そしてふるさと佐久穂の動物を、植物を、自然を愛し、誇りを持っていてほしいです。君たちの「これから」に幸あれと祈っています。 清水 恒作先生 佐久穂中学校 9年2組担任(当時) ①近況 現在、松本市立明善中学校に勤務しています。佐久穂中学校の時と同じく、社会科を教え、バスケットボール部の顧問をしています。変わったことと言えば、髪が短くなったことと、転んだ時に前歯が折れたので、前歯がプラスチックになったことくらいかと思います。 ②子どもたちへのメッセージ コロナウイルスの影響で、 色々なことができなくなり、広い社会に出ようとする皆さんにとっては、とても厳しい時代を迎えています。しかし、私の10倍以上は元気な皆さんであれば、そんな苦労も乗り越えられるのではないかと思います。次に会う機会があれば、 少なくとも私よりはエネルギーあふれる姿であることを願ってます。 下條 将先生 佐久穂中学校 9年3組担任(当時) ①近況 伊那東部中学校5年目で、 現在2年生の担任をしています。女子バスケットボール部の顧問をしていて、県の選抜活動にも携わっています。30歳になり、昨年4月には長男が生まれ、3人家族になりました。 ②子どもたちへのメッセージ 世の中の仕組みや、社会情勢が目まぐるしい速度で変わっていく時代です。すでに社会に出ている人も、これから社会に出ていく人も、学びを止めることなく、成長していってください。素敵な大人になったみなさんに、いつかまたどこかでお会いできる時を楽しみにしています。 宮田 亨先生 佐久穂中学校 9年4組担任(当時) ①近況 佐久穂中学校で6年目を迎えています。 年齢はみなさんと出会った頃は30代でしたが、43歳になってしまいました。みんなが立ち上げた佐久穂中の伝統を後輩たちが立派に引き継いでいけるように日々頑張っています。 佐久穂中がどんな学校になっているか皆さんの目で確かめてください。 ②子どもたちへのメッセージ それぞれ場所は違うかもしれませんが、 同じように頑張っている仲間が   たくさんいます。自分自身の目標に向かって歩みを進めてください。故郷の佐久穂町はいつもみなさんの背中を押してくれています。いつでもお待ちしています (私はずっといるわけではありませんが・・・笑)

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    小海町と佐久穂町の情報発信 こうみ・さくほ通信 「さくほ通信」は、「こうみ・さくほ通信」に生まれ変わりました。 住んでいる人も住んでいない人も、こうみ・さくほ通信を楽しみたい人に。 山菜採り 川遊び スケート 山菜採り 1/4 News (新着情報) 2025年12月25日 こうみ・さくほ通信 第4号が発行されました 紙面はこちらから→「タブロイド版 こうみ・さくほ通信」 タブロイド版 こうみ・さくほ通信 「これまで「さくほ通信」として14号まで発行してきた地元情報誌が、今年から小海町と佐久穂町の情報を発信する『こうみ・さくほ通信』にパワーアップ!  to タブロイド版 「こうみ・さくほ通信note」は長野県東部の佐久穂町で起きている出来事を魅力的に発信したい人たちのグループとして始まった「さくほ通信club」を発展させ、2024年からスタートしました。両町の魅力やそれを楽しむイベントを開催しnoteにて様子をお届けしています。 to note STARS まちの仕事、未来への星図 STARSは、小海町・佐久穂町で、夜空で輝く星のように、 まちで輝く企業や、働く人々のお話を聞くインタビューページです。 星空を見るように、ちょっと立ち止まって話を聞いてみてください。 まちの仕事を知ることで、自分の居場所や、未来への道筋が、 少しだけわかるかもしれません。 to STARS 人材採用の5つのステップを知ろう 人を採用するために押さえておきたいステップ (地方中小企業の成功事例付き) 内容はこちら 地域で働く ガイドブック 実例 地方で幸せに働くための準備とコツを紹介! 内容はこちら 人材募集をしたけれど良い人が来てくれない、そもそも応募がない、そんなお悩みがありませんか? 良い採用をするためには、ただやみくもに募集をするのではなくあなたの会社に合った人材戦略を考えて実行する必要があります。 その方法を5つのステップでご紹介します。 「こんな町に暮らしてみたい」「ここで人生を過ごしていきたい」̶̶そんな夢があっても、「仕事はあるの?」「どうやって食べていくの?」という壁があってためらっている、そんな人のためにこの冊子をつくりました。たくさんの実例や考え方のヒントを見て、少しでも「前に進めそう」と思っていただけたら幸いです。(本文より) 佐久穂町と小海町による地域活性化のための同盟に関する協定  小海町と佐久穂町では「佐久穂町と小海町による地域活性化のための同盟に関する協定」を令和2年4月10日に締結し、以降協定に基づいた各種連携事業に取り組んでいます。 地理や風土が共通する両町では、今まで住民や事業所による数多くの交流があり、行政も観光や移住促進等で協力を進めてきました。  現在、両町では人口減少や高齢化の加速、災害の激甚化、保健衛生上の事態など町域を越えて対処すべき課題が急増しています。   本協定では、隣接する両町が従来からの協力関係を発展させ、それぞれの独自性を尊重しつつ、連携と交流、相互補完の拡大と充実を図り、地域活性化と住民福祉の増進を目的としています。(協定書第1条)

  • Entry Account Planner | koumi-sakuho

    Entry アカウントプランナー Job Description テキストの例です。ここをクリックし、「テキストを編集」を選択して編集してください。ホームページを紹介したり、自己紹介テキストを入力しましょう。 業務内容 データ活用のための企画・基盤構築 データドリブンな意思決定や課題解決、クライアントとの折衝 マーケティング分析・ビッグデータ分析より戦略の立案、アクションプラン策定 コンテンツの反響分析 ソーシャル分析、リスティング分析、LPO、A/Bテスト チームの管理、及びマネジメント など 必須スキル ディレクションの実務経験 マーケティング分析経験 Google Analyticsの実務経験 ビッグデータ分析経験 求める人物像 大きな裁量を持って仕事がしたい方 数字を作ることにやりがいを感じられる方 変化の激しい環境のなかで挑戦したい方 主観に頼らず物事をロジカルに考え、最速で動ける方 どんな変化も前向きにとらえ、常にチャレンジしていきたい方 募集要項 雇用形態 正社員 勤務地 株式会社 X Factor本社 東京都新宿区西新宿 0-0-0 勤務時間 10:00~19:00(労働時間:8時間、休憩時間:1時間) 給与 月給30万円~(固定残業代含む) 昇給 年2回(4月、10月) 賞与 年2回(6月、2月) 休日休暇 完全週休2日制(土日) 祝祭日 年末年始休暇(5日) 夏季休暇(5日) 有給休暇(初年度10日) 慶弔休暇 産前産後休暇 待遇・福利厚生・社内制度 各種社会保険(雇用・労災・健康・厚生年金) 確定拠出年金 メンター制度 各種資格取得支援制度 新任管理職研修 Entry Form エントリー テキストの例です。ここをクリックして「テキストを編集」を選択するか、ここをダブルクリックしてテキストを編集してください。文字の色やフォントなど、テキストのスタイルを変更することもできます。ホームページを紹介したり、自己紹介テキストを入力しましょう。 名前 生まれた年 生年月日 * required 性別 * 男性 女性 未回答 電話番号 メールアドレス 郵便番号 住所 志望動機 ご質問・メッセージ 個人情報保護方針に同意する。 個人情報保護方針はこちら エントリーする 提出していただきありがとうございます!

  • 大栄建設株式会社 | koumi-sakuho

    ★ 多様な役割のチームワークで実現。 一軒一軒が違う家づくりの醍醐味 大栄建設株式会社  JR小海線 八千穂駅前の大栄建設は、1954年の創業以来、町内や東信一帯で新築やリフォーム等を手掛けてきました。家づくりとはどんな仕事か、組織づくりのために行っていることなどを、社長のパートナーで専務取締役の三石ふじ江さんに伺いました。 予定通りにいかず悩んでも、段取りがはまると楽しい   「不思議なことに、新築が多い年、リノベーションが多い年というのがあるんです」とふじ江さん。「ひとつ終われば、またひとつ始まる」という形で、最近は新築の仕事が続いているそう。  家づくりの仕事は、住まい手の家族構成や生活スタイル、家に対する思い、どのような土地に建てるかなどにより、一軒一軒が異なるもの。それが難しい部分でもあり、完成したときの喜びでもあります。  最近はSNSなどでイメージをふくらませ、「こういう家にしたい」とより具体的な希望をもつお客さんも増えています。それを受け止め、プロ目線でアドバイスしながら設計に落とし込んでいくのも大事な仕事です。  「『それは構造的に無理です』とか、『将来的なことを考えたら、こうした方がいいですよ』ということもあって、こちらも譲れないところがあります。それでも『これならできますよ』といったアイデアを出しながら調整していきます」(ふじ江さん) 専務取締役の三石ふじ江さん  昔は設計図を手で描いていましたが、今はPCでできるようになりました。顧客と打ち合わせをしながらその場で設計図を修正し、3D画像でイメージを見せられるなど、ITの力で提案力が格段に上がっています。また、Zoomなどのビデオ会議が普及し、こまめに打ち合わせできるようになったのも、IT化のありがたいところだと感じているそうです。  顧客とのすり合わせを重ね、設計が終わると、いよいよ工事に入ります。しかし、天候の影響などで計画通りに物事が運ばないことも多々あります。  「予定通りにいかなくて悩むことはよくありますよ。でも、あれこれ考えて段取りをとるうちに、それがスポッとはまって好転していくことがあって。そういうときに、嬉しさを感じますね。  解決のコツは、先延ばしにしないで動くことです。『これがダメだったら、こう』と次々に動いていく。自分たちが動かないと相手も動かないですからね。お客様に対しても業者さんに対しても、『このままではまずいです』というこちらの思いが伝わると、あちらも動いてくれて、なんとか間に合ったね、ということがよくあります」 住宅だけでなく店舗の建設もあり、取材時は地元「八千穂漁業」の、加工場兼直売所の新築工事が大詰めを迎えているところでした。 お客さんとしての関係から社員になる人も  会社のメンバーは社長とふじ江さんを含めて10人。そのうち現場に出るのは主に3人で、左官職人が左官だけでなく基礎工事もやるなど、それぞれが幅広い役割をこなします。いつもお願いする社外の大工さんや専門業者さんとも連携を取り、同時に複数の現場をチームワークで進めていきます。  「最近はITツールで現場の状況を共有できるようになって、『今ここまで進んでいるから、そろそろ現場に入れるね』といったやり取りが、社外の業者さんともスムーズにできるようになりました」(ふじ江さん)  10人の男女比はちょうど半々で、30代が3人、50代が3人、60代が4人。新卒や若手も募集していますが、なかなか採用と定着が難しいという課題を抱えています。  試しに大手就職サイトに求人を出してみたこともありますが、面接を直前にキャンセルされたりしてうまくいかなかったとのこと。一方で、最初は新築やリフォームのお客さんだったところから、社長にスカウトされて、あるいは「ここで働きたいです」という希望を伝えて社員になった人もいます。  顧客や地域との関係性を大事にする会社だからこそ、お客さんとして触れる機会があると会社の魅力が伝わりやすいのかもしれません。  これまでのお客さんには3ヶ月に一回、社員の近況、家づくりやメンテナンスに役立つ情報などを掲載した情報誌を届けるほか、毎年1月には餅つきをして交流の場としています。以前は太鼓の演奏グループや高校の吹奏楽部、オカリナの演奏家を招くなどもっと大規模に開催していましたが、コロナ禍でいったん中断しました。その後、餅つきだけでも、と復活させて今に至ります。 訪れた人にお餅を振る舞うほか、子ども向けには輪投げなどのお楽しみコーナーも準備  新たな試みとしては、お客さんや地域の人が家具づくりに挑戦できる工房を開く構想があります。そのため、現社屋の隣にある以前の事務所の片付けを進めているところです。  「家を建てるお施主様がDIYで家具を作ったり、子どもたちが自分の勉強机を作ったり、そんなことをサポートできる場所にしたいと考えているんです。ここで家具を作った子が建築に興味をもったり、将来の選択肢を広げるきっかけにもなればいいですね」(ふじ江さん) 歴史ある建物を改修し「みんなの顔が見える職場」が実現  10年前に移転した現在の社屋は、一見すると旅館か商店のような立派な建物です。元々この地域で長い歴史を持つ、佐久通運株式会社の営業所だったものを譲り受け、10年前に大規模な改修を経て今の姿になりました。  それ以前の社屋は小さな2階建ての建物で、社長や管理部門のメンバーがいる執務室が2階、現場スタッフの休憩室が1階にありました。現場から戻ってきたスタッフと話そうと社長が1階に降りると、もう誰もいない……といったことがよくあったそうです。  今の建物は1階がショールームで、2階が事務所です。現場スタッフが帰ってくると、「お疲れさま、どうだった?」という会話が自然に交わされるようになりました。「みんなが同じフロアで仕事できるようにしたいというのが昔からの希望だったので、本当に良かった」とふじ江さん。2階からは南に八ヶ岳、北に浅間山が見え、八千穂駅に出入りする列車の様子も分かり、時間や季節の流れを感じられるところも気に入っているそうです。 ワンフロアになってコミュニケーションがしやすくなった事務所。座る場所によって異なる景色が楽しめる 恒例のカレンダー配布を見直しーー対話が生んだ変化 上下関係が厳しいイメージがある建築や職人の世界ですが、若い人を育てていくには昔ながらのやり方では通用しません。社長やベテランの職人も考えながらコミュニケーションをとっており、時には社員と社長との間をふじ江さんが仲介することもあります  ふじ江さん自身は、結婚後しばらくしてから他の仕事を辞めて大栄建設に入り、経理や営業などを担当してきました。自分自身が試行錯誤をしながらやってきたので「これが正解」と押し付けることはなく、最近入った社員にもどんどん改善してもらいたいと考えています。  「ペーパーレスにした方がいいとか、会議のやり方を変えたいとか、みんなの意見やアイデアを少しずつ取り入れていっています。  最近大きく変えたのは、年末に500件近くのお客さんを回ってお届けしていたカレンダーを、希望制にしたことです。若い人から『年末が忙しくて大変だから、カレンダー配布を見直しましょうよ』と言われたのがきっかけです。  『なんとか届けなきゃ』と思ってやっていたけれど、確かに大変だったし、お客様の方から要らないよ、と連絡をくださる方もいたんですよね。だから『分かった。来年からどうしたらいいか、みんなで考えよう』という話をして、これからもカレンダーが欲しいかどうかを往復はがきでお尋ねすることになりました。そうしたら3分の2くらいのお客様からお返事をいただいて。カレンダーの要不要だけでなく色々とコメントを書いてくださる方もいて、そこから新しい工事につながったケースもありました。往復はがきのコストはかかりましたけど、それがお客さんとのやり取りのきっかけにもなったし、やって良かったです」(ふじ江さん)  ふじ江さんはこの件で、「自分たちが続けてきたことに縛られていたところもある。いろいろと意見を出してもらうことは大切だ」という思いを新たにしたのでした。 興味があれば足を踏み入れて——多様な役割がある家づくりの仕事 「私たちは後を継ぐ人が決まっているわけではありません。でも、地域での家づくりはずっと必要とされるものです。20年前に建てさせていただいたお客さんから、『子どもが家を建てるから』とお問い合わせをいただくこともあります。だから、どんな形であれ会社を残していきたいですね」(ふじ江さん) ショールームにはこれまで手掛けた住宅の模型がずらりと並ぶ 家づくりを続けていくためにも、若いメンバーに加わってほしいところです。自社に来てほしいのはどんな人? という質問に「家づくりに興味がある人」と答えたふじ江さんは、「大工さんの仕事だけがイメージされるかもしれないけれど、他にも色々あるんですよ」と付け加えました。  「お客さんと打ち合わせをして、内装や照明などのプランを提案をする仕事もあれば、土地選びもあります。それから「積算」(設計図や仕様書に基づき人件費・材料費・工事費など工事原価を算出すること)という仕事も。専用のソフトウェアを使うのですが、数字や数学が好きな人なんかにどんどんやってもらえるとありがたいですね。家づくりって本当に、いろいろな役割があるんです。  でも、若い方は『これが一生の仕事』だなんて決めなくていいんですよ。他にやりたいことができれば辞めてもいいと思います。やってみなければ分からないから、興味があればちょっと足を踏み入れてもらえるといいな、と思います」(ふじ江さん) 文:やつづかえり ・大栄建設株式会社ウェブサイト

  • このマチで同窓会 | koumi-sakuho

    同窓会にピッタリな「このマチのお店」 町内の飲食店や宿泊施設で同窓会をしませんか? 小海町 テキストの例です。ここをクリックして「テキストを編集」を選択するか、ここをダブルクリックしてテキストを編集してください。文字の色やフォントを変更することもできます。 オフィスまでのアクセス テキストの例です。ここをクリックして「テキストを編集」を選択するか、ここをダブルクリックしてテキストを編集してください。文字の色やフォントを変更することもできます。 オフィスの様子 テキストの例です。ここをクリックして「テキストを編集」を選択するか、ここをダブルクリックしてテキストを編集してください。文字の色やフォントを変更することもできます。 休憩スペース テキストの例です。ここをクリックして「テキストを編集」を選択するか、ここをダブルクリックしてテキストを編集してください。文字の色やフォントを変更することもできます。 各種ドリンク飲み放題 テキストの例です。ここをクリックして「テキストを編集」を選択するか、ここをダブルクリックしてテキストを編集してください。文字の色やフォントを変更することもできます。 佐久穂町 テキストの例です。ここをクリックして「テキストを編集」を選択するか、ここをダブルクリックしてテキストを編集してください。文字の色やフォントを変更することもできます。 串カツ 真 テキストの例です。ここをクリックして「テキストを編集」を選択するか、ここをダブルクリックしてテキストを編集してください。文字の色やフォントを変更することもできます。 新任管理職研修 テキストの例です。ここをクリックして「テキストを編集」を選択するか、ここをダブルクリックしてテキストを編集してください。文字の色やフォントを変更することもできます。 各種資格取得支援制度 テキストの例です。ここをクリックして「テキストを編集」を選択するか、ここをダブルクリックしてテキストを編集してください。文字の色やフォントを変更することもできます。 Company Data 企業データ 従業員数 45 人 平均年齢 34 歳 有給取得率 90 % 平均在籍年数 10 年 Gallery ギャラリー

  • われら、さくほ人〈第7号〉 | koumi-sakuho

    われらさくほ人 この地に生まれ、プロとしてこの地で輝く者達の深掘りストーリー! ※この座談会は、さくほ通信1号(2017年)から8号(2020年)の紙面に掲載した内容の再掲で、年齢等は掲載時のままです。 診療所の医師として 日々奮闘中 第7号(2020年7月発行) 南牧村診療所 所長 小林 和之さん [佐久中央小・佐久中卒 31歳] 人と地域とつながる総合診療の道へ  佐久総合病院総合診療科の医師として南牧村に赴任して2年目。「南牧村出張診療所」と「野辺山へき地診療所」、一人で2つの村立診療所を掛け持ちし、診療・往診をしている。  小林さんが医師を目指したきっかけは、看護師をしていたお母さんの影響だった。はじめは小児科や産婦人科といった医師不足の分野を目指したが、研修を重ねるうちに、地域とのつながりを大切にし人そのものを診る総合診療に興味を持つようになった。残念ながら、最初に小林さんに道を示してくれたお母さんは2年前に他界。だが、佐久総合病院小海分院で親子一緒に働いた時期もあり、医療人としての思いは小林さんにしっかり受け継がれている。 医療をもっと身近に  住む地域や社会的理由で医療が届きにくい人たちがいる。そんな場合でも平等に医療を行き渡らせられるのが診療所の機能だ。だからこそ小林さんは、住民の生活に寄り添って楽しみながら診療する。患者さんに畑の作り方を教わったり、地元のイベントでプースを出したり、『診療所だより』を発行したり、身近に感じてもらう工夫も欠かさない。県下で初の新型コロナウイルス感染者が確認された南牧村。コロナ禍では、紙芝居を作成し、見えないウイルスに不安を抱えている住民に向け、正しい対処法を広めた。 自然の中で思い切り遊んだ少年時代  自然豊かな佐久穂町。幼い頃は近所の子どもたちと田んぼでカエルをとったり、雪の上を踏み荒らしたり、釣りを教わったり、とにかく外でたくさん遊んだという小林さん。「凍った坂を勢いよく滑り降りて他所の家のガラスを割ってしまって謝って許してもらって。佐久穂の人はあたたかいです(笑)」と、やんちゃなエピソードも明かす。「少年野球もやっていたけど、自分たちの学年は弱くて…でもそれもいい思い出ですね。小学校では金管クラプに所属してトロンボーンをやっていました。今でも佐久総合病院の吹奏楽団に所属していて「トロンポーンの先生」なんて呼ばれたりします。先生たちも個性的で面白くて楽しい少年時代でした。 若い皆さんへ  佐久穂中学校の最初の卒業生が成人を迎えるとのこと。20歳前後のころ、 自分は信州大学に進学しアパートで独り暮らしをしていました。3カ月に 一度くらいは佐久穂に帰って来て、地元にいる同級生と集まって近況を話したり、夜通しゲームをしたりと子どもの時の遊びの延長のようなことをしていたのを覚えています。  若い皆さんの未来は明るいです。 無駄なことは何一つありません。失敗すること、うまくいかないこと、自分にもありましたが、地元の仲間や先生、 コーチの言葉や存在が支えになりました。 皆さんには佐久穂という帰る場所があります。安心して何にでも挑戦してください。 ※年齢、肩書等は発行時のものです。

  • 株式会社 黒澤組 | koumi-sakuho

    ★ 時代に即した人材育成で、地域の未来を支える会社に 株式会社 黒澤組  長野県小海町で70年以上の歴史を持つ黒澤組。高齢化が進む建設業ながら、約100名の社員のうち20代と30代が約3割を占めるなど、若手が活躍する会社です。代表取締役社長の黒澤和彦さんに、未経験の若手を育成するに当たって重視していることや、地域の暮らしを支える会社としての思いを伺いました。 円形の新社屋や現場に配達するお弁当に込められた思い  黒澤組は、黒澤さんの祖父が土木工事の会社として1952年に創業した会社です。1970年代に生コンクリートやアスファルトの製造も自社で行うようになり、2000年代には建築分野にも進出するなど、事業の幅を広げてきました。 2024年に完成した本社社屋。隣にもう1棟建設予定  国道141号沿いの本社棟は2024年に完成したもので、美しい円形のデザインには、近隣の方にも注目してもらえるような建物を、という黒澤さんの考えが反映されています。円形部分の窓越しに見える広いスペースは、社員同士や地域の方々の交流が生まれるカフェスペースとなっています。  そのスペースの奥にある扉を開くと、大きな厨房があります。そこでは毎朝お弁当作りが行われており、社員には現場までの配達も込みで1食300円で提供しています。 朝からお弁当を作り、昼前に各現場に配達する  「もう35年くらい前のことですが、先代の社長の時代に『毎日お弁当を持ってくるのが大変だ』という社員の声を聴き、『じゃあ、会社で作るか』ということになりました。建設業の会社の取り組みとしては珍しいので、いろいろ取材を受けたり表彰されたりもしました。今だに他の会社でやっているという話は聞かないですね」(黒澤さん) 人を育てる方法も、時代に合わせて変化  お弁当の提供を始めた経緯からも、社員のために何が必要かを考え、独自の施策を実行する会社の姿勢が伝わってきます。  そんな黒澤組が最近力を入れているのが人材育成です。社員一人ひとりの技術がなければ、会社として良い仕事をし、成長していくことはできないと考えるからです。  この人手不足の時代に建設業の持続可能性を高める鍵は“デジタル化”だと、世間では言われています。黒澤組でも、3Dスキャナによる計測システムやドローン、ICT建機などの導入を5年ほど前から本格化しています。それでも、社員が現場経験を積んでスキルを身に着けていくことの重要性は変わらないと、黒澤さんは指摘します。  「デジタル化を進めれば、それほど熟練していない人でもできる仕事が増えます。とは言え、ある程度の経験が必要とされる仕事がなくなるわけではありません。若い人たちにどれだけ経験を積んでもらえるかが重要な課題です。そこで8年ほど前、社員の採用と教育にきちんと取り組んでいこうと『人材育成推進室』を立ち上げました」(黒澤さん)  同社の採用サイトには、「人材育成の方法も時代とともに変化します」という言葉とともに、人材育成のあり方の「これまで」と「これから」を比較した表が掲げられています。 人材育成のあり方の変化 黒澤組 採用サイト より  建設業というとどうしても「上下関係が厳しい男性的な職場」というイメージがつきまといます。しかし黒澤組は時代に即して変化している——それを伝えるために、普段から意識していることを明文化してサイトに掲載しました。これが形骸化しないよう、外部講師を招いて研修を行うなど、社内の意識変革にも継続的に取り組んでいます。  一方で、優しく教えるだけでは建設現場での仕事の安全と品質を保つことが難しい面もあります。厳しく指導することが必要なタイミングもあり、そのバランスを取ることには苦慮しています。しかし黒澤さんには「一番大事なのは若い人に入っていただき、その人の能力を発揮してもらうこと、やりがいを持ってもらうこと」という信念があり、そのための方法を試行錯誤し、時代に合わせて変化させてきたのです。 挑戦の機会とチームのフォローで未経験から育てる  同社は毎年1〜2名程度の新卒入社者がおり、今後さらに採用を増やしていく予定です。中途採用も含めて4人に1人は県外からの応募者で、登山が好きで自然の多い地域で働けることに魅力を感じて入社した人もいます。他にも、運動部出身で身体を動かすことが好き、車や重機に興味がある、といった人が比較的多いようです。  業界経験や土木や建築に関する専門的知識は、あれば役に立ちますが、全くの未経験でもやっていけるよう、独自の育成カリキュラムを用意しています。  近年は女性の採用も積極的に行っており、現在の男女比は5:1程度です。現状は内勤の業務で力を発揮している女性が多いですが、一部には現場で働いている女性社員もいます。建設業界全体でも、現場の休憩所の快適性向上など女性が働きやすい環境整備が進んできており、黒澤組でも活躍の場が広がっていくでしょう。 本社内の執務スペース  先にも触れた通り、人材育成に関して黒澤さんが大切にしているのが「経験」です。  「ひとつの仕事をこなしていく中でスキルが向上したり意識が変わったりするものですから、その機会をいかにつくるかということに腐心しています」(黒澤さん)  道路や大型店舗・施設といった大規模な工事に関わる仕事は、相応のプレッシャーも伴うでしょう。挑戦の機会を与えられて積極的に飛び込んでいく人もいれば、「今はまだ難しい」と感じる人もいます。強制はせず、その人がチャレンジできるタイミングを待つというのが、黒澤さんの姿勢です。また、チャレンジしてみてうまくいかないときも、会社全体でフォローできるのが同社の強みだといいます。  「うちは、現場監督も現場で作業をする人も自社の社員です。適材適所で、みんなで協力していいものを作るというスタンスでやっています」(黒澤さん) 生活になくてはならない仕事を通じ、地域に貢献したい  県外からの応募も歓迎しつつ、黒澤さんは「できるだけ地元の方に入社してもらいたい」と語ります。そのため、近隣の高校や県内の大学に通う学生のインターンの受け入れや、地域の企業の合同説明会への参加も積極的に行っています。  人材育成推進室で採用を担当する牛山花純さんによると、説明会には地元の高校を卒業した社員に参加してもらい、身近な先輩として話をしてもらうそうです。  「『同じ高校出身なんですよ』と社員を紹介すると、高校生の皆さんも興味をもって話を聞いてくれるんです。ただ、そういう場に慣れていない社員もいるので、『こういう話をしてほしい』というガイドを事前に渡したり、『学生さんからこんな質問が出てくるかもしれないから、答えを考えておいてもらえる?』とお願いしておきます。それでも自分の言葉で伝えるのが苦手だという場合は、私たちが話を聞いて一緒にメモを作るなど、なるべく前向きに参加して良い話をしてもらえるように工夫しています」(牛山さん) 黒澤さんは、首都圏に人口や産業が集中し地方の持続可能性が危ぶまれる状態を憂いつつ、この地域をなんとかもり立てていきたいと考えています。そのため、小海町のぎおん祭や氷上トライアスロン大会などのイベントに積極的に参加したり、地域の野球チームの監督を務め、社員にも参加を促すなど、地域の人々との関わりの機会を大事にしています。そして何より「建設会社は地域の暮らしにとってなくてはならないもの」という思いをもとに業界のイメージを変え、若い人たちが夢を持って働ける職場づくりをすることで地域に貢献したいと力強く語りました。  「何もなかったところに道路や建物ができ、それによって地域の皆さんがより快適に暮らせるようになる。これがこの仕事の一番の醍醐味です。それが社員を通じて子どもたちや周囲の人に伝わり、この業界に入ってくれる人が増えるといいですよね。そう考えて取り組んでいます」(黒澤さん) 文:やつづかえり 株式会社黒澤組ウェブサイト 株式会社黒澤組リクルートサイト

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