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   車の部品からモデルガンまで、

精密な製品づくりを支える技術と多世代の協力体制

株式会社 浅川製作所

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 創業から70年、佐久穂町に工場がつくられて50年以上の歴史を持つ浅川製作所は、時代の変化に柔軟に対応しながら成長を続けてきた金属加工の会社です。休日を増やしながらも生産性を高め、10代から70代まで各世代が協力して働く体制づくりで、ものづくりの面白さと、働きやすい環境の両立を目指す浅川製作所。そこで働く人たちは、この会社をどう見ているのでしょうか。以下の方々にお話を伺いました。

・佐久工場 工場長  伊藤貴史さん

・営業・生産統括部長 吉沢考訓さん

・佐久工場 顧問 吉沢忠久さん

・総務課長 永野克之さん

精巧な宝石箱の製造から車の部品、デフリンピックのメダルまで──時代とともに変化する製品づくり

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 浅川製作所は、佐久穂町大日向出身の浅川和英氏が1951年に創業した会社です。アンチモニーという合金素材による、精巧で美しい宝石箱の製造・販売を始めたのが始まりです。当初は東京都墨田区を本拠地としていましたが、やがて浅川氏の地元に工場を建て、佐久穂町から全国へと商品が出荷されるようになりました。

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アンチモニー製の宝石箱と、細かい彫刻が施された金型

 宝石箱の他にも一輪挿しや燭台、貯金箱などの美術工芸品が人気となり、結婚式の引出物としてよく売れたほか、ヨーロッパやアメリカにも輸出されました。浅川氏の甥にあたる吉沢忠久さんによれば、吉沢さんの父やほかの兄弟も、「農業をやっているよりもよほど儲かる」と一緒に仕事をするようになったそうです。

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オリジナルデザインの一輪挿しは年間500万個売れた

 しかし1970年代のオイルショック以降、だんだんと美術工芸品が売れなくなります。そこで、車の部品やドアの取っ手など様々な金属製品の製造へと仕事の幅を広げていきました。今では、車、化粧品、医療品、エンターテインメントなど様々な業界にまたがる35ほどの取引先があり、各種部品からおもちゃ、モデルガンまで多岐にわたる製品を製造しています。

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各種大会のメダルやトロフィーも多く作っており、最近では「東京2025デフリンピック」のメダルも製造した

 現在の浅川製作所は、アルミや亜鉛を溶かし、精密な金型に注入してすばやく成形するダイカスト(Die Casting)という製法をとっています。この方法で亜鉛を鋳造できる会社は今では希少で、新たな取引先からの問い合わせも入ってくるといいます。

 

 「例えば化粧品の容器なんかは、女性が持つには軽い方がいいということで、時代とともにプラスチック製品に変わっていきました。そうなると、逆に重みがある方が高級感があるということで、プレゼントに選ばれるような高級なコンパクトをうちで作っていたりするんです」(吉沢忠久さん)

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吉沢忠久さん

数字のかすれまで再現
──顧客とユーザーの期待に応えるものづくりの面白さ

営業・生産統括部長の吉沢考訓さんは、お客さんの要望を聞き、それをどのように実現するのかを考え、製品を作り込んでいきます。その結果、金属を始めとする素材が具体的な形になっていくところが、他の仕事では味わえない面白さだと語ります。

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吉沢考訓さん

「例えばモデルガンの場合、製品設計はお客さんの方でされますが、それを元に金型に落とし込んだり仕上げをしたりする段階でどれだけ実物に近づけられるかが、難しくもあり工夫のしがいもあるところです。

 

 本物の銃は手作業で数字が刻印されていて、数字の並びが微妙にズレたりかすれたりしているんです。そうした細部を、あえて金型で再現しています。そんなこだわりに気づいたユーザーさんが展示会やSNSで褒めてくださったりして、とても嬉しいですね」(吉沢考訓さん)

​ 2026年1月1日に工場長に就任した伊藤さんは、30代前半だった11年前に佐久市にUターンし、景色のきれいな佐久穂町で働きたいと中途入社しました。当時を振り返り、未経験者にも様々な挑戦の機会を与えてくれるのが、この会社の良いところだと語ります。

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伊藤さん

 「最初はパートで簡単な作業から始めましたが、入社して3週間くらい経つと、もう少し難しい工程をやってみないかと言われました。現場の責任者の方が『日曜日だったらゆっくり教えてあげられるから、よかったら来いよ』と言ってくださって。そうやってチャレンジの機会をたくさんもらえることは、大きなやりがいにつながりました」(伊藤さん)

 人材採用や育成に関わる永野さんは伊藤さんについて、「いろいろなことに関心をもち、自分にできることを増やしていくという姿勢が、今の立場につながっている」と評します。他の社員に関しても、与えられた仕事を着実に自分のものにしていける人はきちんと評価されており、それが社員のやりがいを高めることにつながっている、と会社としての認識も示しました。

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永野さん

10代から70代まで、各世代が働きたいと思える理由

 浅川製作所では、60代、70代になっても働き続ける意欲がある人は雇用を継続しています。その一方で地元の若手の採用にも力を入れ、小海高校、小諸養護学校、野沢南高校などからの新卒入社が少しずつ増えています。その結果、10代から70代までの各年代がバランスよく所属し、ベテラン社員が若い社員に技術を継承しています。

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 地方の製造業で新卒採用を続けていくのは簡単なことではありません。しかし浅川製作所の場合は、地元で働きたい、ものづくりの仕事をしたいという若者が「ここならがんばっていけそう」と感じるいくつかの要素があるようです。

 

 そのひとつが社内の雰囲気で、「職場見学に行ったら社員の皆さんが明るく挨拶をしてくれたのが印象的だった」という声が聞かれます。また、残業が少なく有給休暇も取りやすいなど、時代に合った働き方へと変化してきている点も大きな魅力のようです。

 勤務体系は週休2日で、以前は祝日が出勤日でしたが、最近は月曜日が祝日の場合は会社も休みとするなど、年間休日数も徐々に増やしています。

休日が増え、生産性も若手の意識も向上

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大きな機械から次々と鋳造品が流れ出てくる

 休日を増やす取り組みは、社員の余暇を増やすだけでなく、仕事の効率が上がるという効果もありました。

 

「年初には社長から年間の利益目標を示し、『これをクリアできれば賞与をこれくらい出します。今年は3日休みを増やすけれども、なんとか目標を達成できるようにやっていこう』と伝えています。それによって、どうやって効率よく仕事をするかをみんなが考えるようになったんだと思います。例えば、不良品を作ってしまえばやり直しのために残業が発生しますから、それをいかに防ぐか。そういったことを積み重ねていくことで生産性が上がってきています。休みを増やしたことは、社員だけでなく会社のためにもなっているんです」(吉沢忠久さん)
 

互いに協力しあって生産性を上げよう、と意識されるようになったことから、若手の社員にも変化が生まれています。

 

「有給休暇を取るのは当然の権利ですし、みんなそれぞれの必要に応じて休んでいますが、最近は若いメンバーたちから『このタイミングで有給を取って大丈夫ですかね?』と相談してくれるようになりました。50人くらいのメンバーがお互いにカバーし合いながら働いている工場なので、そういう視点を持てるというのはすごく大事なことだと思います。若い人たちの間にそういう芽が出てきたことで、この会社はもっと伸びていけるんじゃないかと感じています」(伊藤さん)

元気に働ければ、自分に合う持ち場が見つかる

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この会社で働くのに向いているのはどんな人?と聞いたところ、「全くの未経験で構わないが、手先が器用な人や細かい仕事が苦にならない人」という声が挙がりましたが、「元気に働ければ、大丈夫」という意見も。いろいろな部署があるので、いろいろと試す中でその人に合う仕事を見極めて配置することができる、ということでした。

 

なお、浅川製作所の社員の40%弱は女性で、週に1度、女性の管理職が集まって話し合い、そこから会社に対する提案や要望を出すという活動が行われています。現状は加工や検査などを担当する女性が多いものの、職種に男女の別はなく、やりたい人がいれば大きな機械を動かす仕事もぜひやってほしいとのことです。

 

文:やつづかえり

 

株式会社浅川製作所ウェブサイト

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