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  • Entry Marketing Director | koumi-sakuho

    Entry マーケティングディレクター Job Description テキストの例です。ここをクリックし、「テキストを編集」を選択して編集してください。ホームページを紹介したり、自己紹介テキストを入力しましょう。 業務内容 データ活用のための企画・基盤構築 データドリブンな意思決定や課題解決、クライアントとの折衝 マーケティング分析・ビッグデータ分析より戦略の立案、アクションプラン策定 コンテンツの反響分析 ソーシャル分析、リスティング分析、LPO、A/Bテスト チームの管理、及びマネジメント など 必須スキル ディレクションの実務経験 マーケティング分析経験 Google Analyticsの実務経験 ビッグデータ分析経験 求める人物像 大きな裁量を持って仕事がしたい方 数字を作ることにやりがいを感じられる方 変化の激しい環境のなかで挑戦したい方 主観に頼らず物事をロジカルに考え、最速で動ける方 どんな変化も前向きにとらえ、常にチャレンジしていきたい方 募集要項 雇用形態 正社員 勤務地 株式会社 X Factor本社 東京都新宿区西新宿 0-0-0 勤務時間 10:00~19:00(労働時間:8時間、休憩時間:1時間) 給与 月給30万円~(固定残業代含む) 昇給 年2回(4月、10月) 賞与 年2回(6月、2月) 休日休暇 完全週休2日制(土日) 祝祭日 年末年始休暇(5日) 夏季休暇(5日) 有給休暇(初年度10日) 慶弔休暇 産前産後休暇 待遇・福利厚生・社内制度 各種社会保険(雇用・労災・健康・厚生年金) 確定拠出年金 メンター制度 各種資格取得支援制度 新任管理職研修 Entry Form エントリー テキストの例です。ここをクリックして「テキストを編集」を選択するか、ここをダブルクリックしてテキストを編集してください。文字の色やフォントなど、テキストのスタイルを変更することもできます。ホームページを紹介したり、自己紹介テキストを入力しましょう。 名前 生まれた年 生年月日 * required 性別 * 男性 女性 未回答 電話番号 メールアドレス 郵便番号 住所 志望動機 ご質問・メッセージ 個人情報保護方針に同意する。 個人情報保護方針はこちら エントリーする 提出していただきありがとうございます!

  • 株式会社 浅川製作所 | koumi-sakuho

    ★ 車の部品からモデルガンまで、 精密な製品づくりを支える技術と多世代の協力体制 株式会社 浅川製作所  創業から70年、佐久穂町に工場がつくられて50年以上の歴史を持つ浅川製作所は、時代の変化に柔軟に対応しながら成長を続けてきた金属加工の会社です。休日を増やしながらも生産性を高め、10代から70代まで各世代が協力して働く体制づくりで、ものづくりの面白さと、働きやすい環境の両立を目指す浅川製作所。そこで働く人たちは、この会社をどう見ているのでしょうか。以下の方々にお話を伺いました。 ・佐久工場 工場長  伊藤貴史さん ・営業・生産統括部長 吉沢考訓さん ・佐久工場 顧問 吉沢忠久さん ・総務課長 永野克之さん 精巧な宝石箱の製造から車の部品、デフリンピックのメダルまで──時代とともに変化する製品づくり  浅川製作所は、佐久穂町大日向出身の浅川和英氏が1951年に創業した会社です。アンチモニーという合金素材による、精巧で美しい宝石箱の製造・販売を始めたのが始まりです。当初は東京都墨田区を本拠地としていましたが、やがて浅川氏の地元に工場を建て、佐久穂町から全国へと商品が出荷されるようになりました。 アンチモニー製の宝石箱と、細かい彫刻が施された金型  宝石箱の他にも一輪挿しや燭台、貯金箱などの美術工芸品が人気となり、結婚式の引出物としてよく売れたほか、ヨーロッパやアメリカにも輸出されました。浅川氏の甥にあたる吉沢忠久さんによれば、吉沢さんの父やほかの兄弟も、「農業をやっているよりもよほど儲かる」と一緒に仕事をするようになったそうです。 オリジナルデザインの一輪挿しは年間500万個売れた  しかし1970年代のオイルショック以降、だんだんと美術工芸品が売れなくなります。そこで、車の部品やドアの取っ手など様々な金属製品の製造へと仕事の幅を広げていきました。今では、車、化粧品、医療品、エンターテインメントなど様々な業界にまたがる35ほどの取引先があり、各種部品からおもちゃ、モデルガンまで多岐にわたる製品を製造しています。 各種大会のメダルやトロフィーも多く作っており、最近では「東京2025デフリンピック」のメダルも製造した  現在の浅川製作所は、アルミや亜鉛を溶かし、精密な金型に注入してすばやく成形するダイカスト(Die Casting)という製法をとっています。この方法で亜鉛を鋳造できる会社は今では希少で、新たな取引先からの問い合わせも入ってくるといいます。  「例えば化粧品の容器なんかは、女性が持つには軽い方がいいということで、時代とともにプラスチック製品に変わっていきました。そうなると、逆に重みがある方が高級感があるということで、プレゼントに選ばれるような高級なコンパクトをうちで作っていたりするんです」(吉沢忠久さん) 吉沢忠久さん 数字のかすれまで再現 ──顧客とユーザーの期待に応えるものづくりの面白さ  営業・生産統括部長の吉沢考訓さんは、お客さんの要望を聞き、それをどのように実現するのかを考え、製品を作り込んでいきます。その結果、金属を始めとする素材が具体的な形になっていくところが、他の仕事では味わえない面白さだと語ります。 吉沢考訓さん  「例えばモデルガンの場合、製品設計はお客さんの方でされますが、それを元に金型に落とし込んだり仕上げをしたりする段階でどれだけ実物に近づけられるかが、難しくもあり工夫のしがいもあるところです。  本物の銃は手作業で数字が刻印されていて、数字の並びが微妙にズレたりかすれたりしているんです。そうした細部を、あえて金型で再現しています。そんなこだわりに気づいたユーザーさんが展示会やSNSで褒めてくださったりして、とても嬉しいですね」(吉沢考訓さん)  2026年1月1日に工場長に就任した伊藤さんは、30代前半だった11年前に佐久市にUターンし、景色のきれいな佐久穂町で働きたいと中途入社しました。当時を振り返り、未経験者にも様々な挑戦の機会を与えてくれるのが、この会社の良いところだと語ります。 伊藤さん  「最初はパートで簡単な作業から始めましたが、入社して3週間くらい経つと、もう少し難しい工程をやってみないかと言われました。現場の責任者の方が『日曜日だったらゆっくり教えてあげられるから、よかったら来いよ』と言ってくださって。そうやってチャレンジの機会をたくさんもらえることは、大きなやりがいにつながりました」(伊藤さん)  人材採用や育成に関わる永野さんは伊藤さんについて、「いろいろなことに関心をもち、自分にできることを増やしていくという姿勢が、今の立場につながっている」と評します。他の社員に関しても、与えられた仕事を着実に自分のものにしていける人はきちんと評価されており、それが社員のやりがいを高めることにつながっている、と会社としての認識も示しました。 永野さん 10代から70代まで、各世代が働きたいと思える理由  浅川製作所では、60代、70代になっても働き続ける意欲がある人は雇用を継続しています。その一方で地元の若手の採用にも力を入れ、小海高校、小諸養護学校、野沢南高校などからの新卒入社が少しずつ増えています。その結果、10代から70代までの各年代がバランスよく所属し、ベテラン社員が若い社員に技術を継承しています。  地方の製造業で新卒採用を続けていくのは簡単なことではありません。しかし浅川製作所の場合は、地元で働きたい、ものづくりの仕事をしたいという若者が「ここならがんばっていけそう」と感じるいくつかの要素があるようです。  そのひとつが社内の雰囲気で、「職場見学に行ったら社員の皆さんが明るく挨拶をしてくれたのが印象的だった」という声が聞かれます。また、残業が少なく有給休暇も取りやすいなど、時代に合った働き方へと変化してきている点も大きな魅力のようです。  勤務体系は週休2日で、以前は祝日が出勤日でしたが、最近は月曜日が祝日の場合は会社も休みとするなど、年間休日数も徐々に増やしています。 休日が増え、生産性も若手の意識も向上 大きな機械から次々と鋳造品が流れ出てくる  休日を増やす取り組みは、社員の余暇を増やすだけでなく、仕事の効率が上がるという効果もありました。 「年初には社長から年間の利益目標を示し、『これをクリアできれば賞与をこれくらい出します。今年は3日休みを増やすけれども、なんとか目標を達成できるようにやっていこう』と伝えています。それによって、どうやって効率よく仕事をするかをみんなが考えるようになったんだと思います。例えば、不良品を作ってしまえばやり直しのために残業が発生しますから、それをいかに防ぐか。そういったことを積み重ねていくことで生産性が上がってきています。休みを増やしたことは、社員だけでなく会社のためにもなっているんです」(吉沢忠久さん) 互いに協力しあって生産性を上げよう、と意識されるようになったことから、若手の社員にも変化が生まれています。 「有給休暇を取るのは当然の権利ですし、みんなそれぞれの必要に応じて休んでいますが、最近は若いメンバーたちから『このタイミングで有給を取って大丈夫ですかね?』と相談してくれるようになりました。50人くらいのメンバーがお互いにカバーし合いながら働いている工場なので、そういう視点を持てるというのはすごく大事なことだと思います。若い人たちの間にそういう芽が出てきたことで、この会社はもっと伸びていけるんじゃないかと感じています」(伊藤さん) 元気に働ければ、自分に合う持ち場が見つかる この会社で働くのに向いているのはどんな人?と聞いたところ、「全くの未経験で構わないが、手先が器用な人や細かい仕事が苦にならない人」という声が挙がりましたが、「元気に働ければ、大丈夫」という意見も。いろいろな部署があるので、いろいろと試す中でその人に合う仕事を見極めて配置することができる、ということでした。 なお、浅川製作所の社員の40%弱は女性で、週に1度、女性の管理職が集まって話し合い、そこから会社に対する提案や要望を出すという活動が行われています。現状は加工や検査などを担当する女性が多いものの、職種に男女の別はなく、やりたい人がいれば大きな機械を動かす仕事もぜひやってほしいとのことです。 文:やつづかえり 株式会社浅川製作所ウェブサイト

  • 株式会社Vitalize | koumi-sakuho

    ★ メンバーが楽しく幸せな会社で日本の地方を元気に! 株式会社Vitalize 長野県は東信地域の小さな町である小海町に、元気な若手が集まる会社があります。東京に本社がある株式会社Vitalize(ヴァイタライズ)の小海支社です。IT企業でありながら地域の活性化のためにできることを日々模索し、イワナ、ニジマス、チョウザメの養殖といったITとは畑違いの事業にも果敢に取り組む姿が注目を集めています。 そんなユニークなVitalizeはどんな会社なのか? なぜ小海町に支社ができ、そこに元気な若手が集まるのか? 湧き上がる疑問を解明すべく、代表取締役COO(最高執行責任者)兼小海支社長の濱野史明さんと、名古屋から移住し入社した廣田朋也さんにお話を伺いました。 みんなのために、何でも頑張る会社  自分たちは何の会社だと認識していますか? ——そんな問いに対する廣田さんの答えは、「みんなのために、何でも頑張るIT企業」というものでした。稼ぎのほとんどはシステム開発によるものなので、軸はIT。でも、自分たちだけ儲かれば良いのではなく、社会の問題に対してできることを何でもやっていく、そんな会社なのだと説明してくれました。  廣田さんの言葉に頷きつつ、濱野さんは「地方に来てみて、ITで直接解決できる社会問題ってそんなにないと気づいた」と語ります。 「後継者不足であったり、公共交通機関の不足であったり、この南佐久地域にも少子高齢化の影響による問題が山ほどあります。その中にはIT以外で解決すべき課題がめちゃくちゃ多くて、それを放っておいたら地域は衰退していってしまう。衰退を食い止めるために僕らがひとつでもできることがあったらいいし、僕らがそうやって動く姿を見て、『なんか、この地域いいかも』と思ってもらえたらいい、というのが自分たちの考え方です。だから、廣田が言った『みんなのために、何でも頑張る』というのは、本当にその通りですね」(濱野さん) 左から廣田さん、濱野さん  Vitalizeを創業した道畑健輔さんは、「本気で日本を良くしたい。世の中にインパクトを与えられる集団を作りたい」という思いで起業したと語っており、「日本を活性化する」という会社のミッションにも、「活力を与える・活性化する」という意味を持つ社名にも、その思いがこめられています(参考:株式会社Vitalize ブログ「祝!100名達成!~社長と創業メンバーに振り返ってもらった!Vitalizeのこれまでとこれから~ 」)。  他のIT企業でも、「社会を良くする」といった理念を掲げる会社は少なくありません。しかし、それはあくまで「ITを通じて社会を良くする」という意味でしょう。Vitalizeの場合、ITが得意だけれど、それはひとつの手段でしかない。ITにこだわらずにできることをやっていこうという姿勢が非常にユニークです。 その地域にめちゃくちゃ思い入れのある人が支社長に  Vitalizeは日本の各地に支社を増やしてそれぞれの地域を元気にしていこうという方針で、現在は東京本社の他に7つの支社と2つの支店があります。  濱野さんによると、各支社長を務めるのは「その地域にめちゃくちゃ思い入れのある人」。そういう人であれば、途中で投げ出してその地域を撤退するようなことはないと見込んでのことだそうです。  もちろん濱野さんも、強い思いがあって小海支社を立ち上げました。  前職の大手小売業の会社に勤めているときに佐久市の店舗に配属された濱野さんは、長野県の人たちの優しさと青い空、山々の景色の美しさに感動し、長野県の中でも特に東信地域に愛着をもちました。そして、いつかはここに住みたいという希望を叶えるべく、「ITエンジニアならどこにいてもリモートワークで働ける」と独学で勉強し、転職先を探したのです。  しかし、ずっとシステム開発だけをやる仕事には興味を持てません。なかなか良いと思える会社に巡り会えないまま、東京で行われるエンジニアの交流会などに顔を出しては「こういうことをやりたい」という話をして回りました。すると、ある人が「Vitalizeっていう会社が合いそうだ」と教えてくれたのでした。  Vitalizeなら良さそうだと感じた濱野さんは早速求人に応募し、採用面接の段階から「長野に支社をつくりたい」とアピールをしたそうです。 「ITのスキルについては、大体のスキルレベルが分かるような成果物を持っていったのでそれでOKという感じで、残りの時間は地域の社会問題を解決するにはどうしたらいいかについて、ひたすら喋っていました(笑)」(濱野さん)  熱い思いを伝えてめでたく採用された濱野さんは、入社して2ヶ月くらい経つとさっそく支社を立ち上げる場所を探し始めました。佐久市と周辺の市町村の行政に訪問し、「企業誘致をしていませんか?」と聞いて回ったのです。 「その中で一番、役場の担当者の方と馬が合うと感じたのが小海町でした。立科町の方にも同じように魅力を感じたのですが、すでにIT系の企業向けのワーケーションのプランなんかにも力を入れていて、今から僕らが行ってもな……という感じもあったんです。一方、小海町はまだまだ未着手で、僕にとってはそれが良かったんです。フィールドとしてこっちの方が楽しそうだ、と思いました」(濱野さん)  こうして2020年3月、人口約4,000人の高原の町にVitalizeの新たな支社ができることになったのでした。 小海駅からほど近いショッピングセンター嶋屋とヤマザキデイリーストアの2階に小海支社のオフィスがある 養殖がおしゃべりの輪に入るきっかけに  小海支社の設立から5年近く経った今、濱野さんは小海町について「良くも悪くもとても人間臭い町で、僕はそこがすごく面白いし、大好きです」と語ります。  「人間臭い」というのはつまり、人と人との距離がとても近いということ。 「僕の実家がある大阪と比べてもご近所づきあいの深さが全然違います。会えば必ず挨拶しますし、僕が相手の名前を知らなくても、相手は僕のことを知っているケースがすごく多いんですよ。みんなの距離が近いし、皆さんいつもおしゃべりしているんですよね。例えば地区の集会所の掃除があるときなんかも、掃除が終わったら必ず井戸端会議が始まります。新しく来た僕のことなんかは瞬く間に伝わっていくんでしょうね。それが面白いなと」(濱野さん)  最初は一方的に噂される存在だった濱野さんやVitalizeの皆さんですが、しばらく経つと自分たちもおしゃべりの仲間に入れるようになりました。それには「養殖をやっている人たち」と認識されたことが大きかったそうです。 「このあたりの会社は土木、建設、製造業なんかが多くて、IT企業というのが何をやっているか良くわからないんだと思います。でも、養殖ならイメージしやすいみたいで。『最近、魚はどう?』みたいな感じで話しかけてもらえるようになりました」(濱野さん) チョウザメの養殖を見学に来た南相木小学校の1年生たち 3年で判断できない地域の仕事  小海支社のアイデンティティともなっている養殖の事業は、支社立ち上げからわずか2〜3ヶ月で始まりました。 「当時、海で魚を養殖することによる海洋汚染が社会問題になっていて、陸上での養殖が注目されていたんですよ。僕は、小海なら山が近いし湧き水で養殖ができるんじゃないかと思って、『湧き水ありますか?』って役場に聞いてみたんです。そうしたら湧き水だけじゃなくて生け簀もあると。『ぜひ見せてください』と行ってみたら、長年使われていない養殖場があったんです。すぐに養殖を始めることになりました」(濱野さん)  立ち上げはとてもスピーディだった養殖事業ですが、結果が出るまでには時間がかかります。この地域の環境ではイワナが育つのに1年半、チョウザメだと10年ほどかかるそう。  幸いイワナは出荷できるまでに育ち、2023年7月には小海町の直売所「プチマルシェこうみ」で「イワナフライ定食」、「イワナフライカレー」、「イワナ&野菜天ぷら丼」といった新メニューが登場しました。それ以外にもイベントで塩焼きを売ったりしていますが、より販路を拡大しようと苦心しているところです。 「信州小諸ふーどまつり」に小海町のブースのひとつとして出店し、イワナの塩焼きを販売したときの様子  一般的に、新規事業に関しては3年目あたりでの単年度黒字化や、その後の成長見通しなどで継続の可否を判断する会社が多いでしょう。しかし濱野さんは、この地域の活性化を目指す事業はもっと長い目で見る必要を感じています。 「小海での取り組みについては、3年で判断するのは短いと実感しています。地域でこれまでに続いてきたやり方を変えようとするとやっぱり抵抗もありますし、僕らがこの地域で信頼を得るのにも時間がかかります。養殖もそれ以外の取り組みも、3年くらいやってやっと芽が出てきているような状況で、バリューを発揮するにはもっと時間がかかるでしょう。だから、この事業を続けるべきかどうかという評価をするには、倍くらいの時間が必要だと思うんです」(濱野さん) やりきる覚悟があれば一度はやってみる  養殖が事業として成功するかどうかはまだ分からないものの、濱野さんや支社の皆さんはすでにたくさんのものを得ているようです。 「やってみると、すごく面白いんですよね。その面白さって色々あるんですけど、一番は自分の価値観が変わったことです。特に食に対する気持ちの変化が大きいです。スーパーで売られている野菜なんかを見ても、ものすごく感謝の気持ちが湧くんですよ。今なんかキャベツの値段がものすごく上がってますけど、そういうのを見ても『そうだよね』と思えるようになって。自分の視野が広がってすごく良い人生を送れているな、と思っています」(濱野さん)  小海支社が地域貢献のために手掛けていることは、今のところ主に3つです。ひとつは養殖で、もうひとつが地元の小海小学校でのプログラミング授業のサポート。2020年度から小学校でプログラミングの授業が必修になり1人1台のPCも配布されていますが、教員のスキル不足もあってあまり活用されていない状況がありました。それを知った1人の社員の発案で、小海支社のメンバーが小学生に教えたり、先生にそのノウハウを伝えたりしているのです。  もうひとつは「南佐久みらい会議」です。これは地域のために活動している様々な人たちを集め、自分たちの未来を自分たちで切り拓いていく機運をつくっていくためのイベント。小海支社と地域の有識者が共同で企画運営しています。  この他にも、地域の人たちから「こんなことを考えているんだけど、どう思う?」とか「ちょっと相談に乗ってほしい」といった声がかかり、地域を良くしていきたい人たちに頼られる機会が増えてきています。  地域と交わる機会が増えれば、小海支社のメンバーが新たな事業のタネを見つけてくることも増えるでしょう。濱野さんは「本人にやりきる覚悟があれば、一度はやってみる。トライアンドエラーが大事。踏み出してみると他に着想が広がることだってあり得るので、100万円程度の損失であれば、失敗しても全然オッケーです」と請け合いました。 相談できる人間関係が入社の決め手に  立ち上げ時は濱野さんも含めて5人だった小海支社ですが、取材時点では9人、3月には10人のチームになります。この地域で暮らしたいという希望を叶えながら働ける場所としてVitalizeを選んだ人もいれば、小海支社が取り組んでいることやチームの雰囲気に魅力を感じて入社する人もいるそうです。  小海支社に限らずVitalizeには異業種からの転職者が多く、社員のスキルも多種多様。濱野さんは「何か知りたいことや問題があったとき、社内のSlackに呼びかければ大体誰かが解決できる」と笑います。  廣田さんも異業種からの転職組です。以前は名古屋で高校の英語の教員をしていましたが、まだ1〜2年目の慣れない時期に山のようなタスクをこなそうとした結果、調子を崩して休職。その間に次のキャリアを考えてプログラミングスクールに通い、そこでVitalizeを紹介されたことが入社のきっかけになりました。  Vitalizeを選んだ一番の理由について、廣田さんは「人間関係の良さ」を挙げました。 「実は、自分が休職することになったのは、職場で相談ができなかったからなんですよね。言っても変わらないだろうと、諦めちゃっていたんです。ですから、次に就職するときは人間関係でストレスのない会社であることが絶対の条件でした。Vitalizeはとにかく人間関係が良い、ちょっと言いづらいことでも話せるし、困ったら相談できると、同じプログラミングスクール出身の先輩からも採用担当の方からも聞いて、すごく良さそうだと思いました」(廣田さん)  名古屋から移住し、Vitalizeに入社して1年半ほど経ちますが、廣田さんは仕事も生活もとても楽しんでいるようです。もうすぐ婚約者も合流し、小海町に隣接する北相木村で新生活を始めるのだと、幸せそうな笑顔を見せてくれました。 相互理解と公私混同のコミュニケーションを積極的に  人が会社を辞める理由として、多くの調査でランキング上位に入るのが「人間関係」です。しかしVitalizeでは、小海支社を筆頭に全社的に人間関係が良いのだそう。その秘訣は何でしょうか?  この問いに対し、濱野さんはVitalizeの行動指針を挙げました。 「“率先垂範”と“利他貢献”という行動指針があって、それを採用の段階でも結構見ています。率先垂範の方は、誰よりも先に手を挙げて行動するといった意味ですが、これは『できるようになろうね』という目標であって、人によってそのレベルは色々です。でも、利他貢献に関しては必ずその姿勢がある人を採用するようにしているんです」  濱野さんによれば、利他貢献を実現する一番のベースは『他人を知りにいく』こと。仕事を円滑にするためにも相互理解が必要なので、コミュニケーションを取って互いを知ることの大切さは社内でも折りに触れ伝えられているといいます。  さらにVitalizeを特徴づけるのは、「公私混同のコミュニケーション」です。お互いにプライベートなこともどんどん話すし、Slack上でも投稿するのだそう。Slackは小海支社だけでなく120人以上いる全社員が見られるので、全く違う支社のメンバーもそれにコメントをしたりとかなり盛り上がっているのだとか。  このように、普段からなんでもオープンにできる関係性づくりと、もともと他者に対して貢献したいという気持ちのある人たちが集まっていることが相まって、困ったときには躊躇せず相談できる職場が実現しているのでしょう。 色々なことを柔軟に楽しめる人に来てほしい  採用の際、率先垂範と利他貢献の姿勢の他にはどんなことを重視しているのでしょうか。 「ITスキルは後からでも付けられるので、素直さが重要ですね。人からのフィードバックを素直に受け止められる方が成長できますから。また、小海支社ということでいうと、なかなか辺鄙(へんぴ)な場所ではあるので、ここに馴染めそうかどうかという視点で色々見ています。その中でも一番大きいのは、既存のメンバーと馴染むかということですね。その人がこのオフィスにいる様子がイメージできたら、ほぼ内定です(笑)」(濱野さん)  馴染めそうな人の例として、濱野さんは色々なことを柔軟に楽しめる人を挙げました。 「実はこのインタビューが始まる直前まで、みんなで魚を捌いてました。明後日のイベントでイワナの塩焼きを売るので、その準備なんですけど。PCに向かって業務をしていても、今からやるか! と楽しく魚を捌いたりできる、具体的に言うとそういう人だったら馴染めると思います。そこで一人でもネガティブな反応をする人がいると、全体が楽しくなくなってしまいますよね。すごく忙しいときなんかは別ですが、基本的にはなんでも楽しんでできる人かどうかを、重視しています」(濱野さん)  なお、小海支社の女性メンバーは今のところひとりです(3月に2人目の女性が入社予定)。しかし、唯一の女性である岡本ひなのさんは、それが気になることは特になく「居心地がいい」と話してくれました。濱野さんも、今のメンバーに馴染めそうで前向きに楽しめそうな人なら、性別にはこだわらないとのことです。 小海町の冬の風物詩「氷上トライアスロン」に出場したひなさんと廣田さん  もうひとつ、濱野さんが採用の際に大事にしているのは、濱野さん自身がその人に愛情を注げるか、ということだそう。  Vitalizeは出勤時間が柔軟で、必要に応じてリモートワークも可能ですが、基本的にはオフィスに出勤してみんなで仕事をすることを重視しています。これについても、メンバーには健やかで幸せでいてほしいという濱野さんの思いがあります。 「リモートワークが増えてメンタルヘルスの問題を抱える人が増えていると思うんです。それは人間というのが本質的には群れる生き物だからじゃないでしょうか。ずっと自宅で仕事だけしていると、陽の光を浴びることもないでしょう。そんな人間らしからぬ過ごし方をしていたら、病むのも当然だと思うんです。メンバーにはそうなってほしくないし、人間関係が充実していれば仕事も人生も楽しくなりますよね」(濱野さん) 「Vitalizeが来る!」とワクワクしてもらえる存在になりたい  出社して仕事をすることを基本としているものの、Vitalizeは全国各地にある他の拠点で仕事をすることも可能です。仕事をしながら旅行を楽しむ”ワーケーション”のような感じで、宮崎支社に3週間くらい滞在する人もいるそうです。  廣田さんは、各地から小海支社を訪れるメンバーがいることで、この地域の良さをより満喫できていると話してくれました。 「この前は和歌山支社のメンバーがこっちに来て、1泊2日で上高地から涸沢(からさわ)まで歩きました。なかなか土日の休みにそこまで行こうとは思わないですが、和歌山からわざわざ来てくれたからこそ行ってみようという話になり、行ってみたら本当に景色が綺麗で良かったです。他にも、来てくれたメンバーと養殖の作業をした後にバーベキューをしたりして、本当に楽しいですよ」(廣田さん)  各支社がそれぞれに地方創生の事業に取り組むことで、経験やノウハウの蓄積も進みます。異なる支社のメンバー同士が交流することには、蓄積された知見が自然に共有されていく効果もあるのでしょう。  濱野さんはこれをVitalizeの強みと捉え、日本の地方におけるVitalizeの存在感を増していきたいという目標を語りました。 「ゆくゆくは、どこかの地域に支社をつくる時に、そこの自治体の方が『Vitalizeがここに来る!』と喜んだりワクワクしてもらえるような存在になりたいんです。そのためにも、各支社で地域を元気にする実績をつくっていきたいですね」(濱野さん)  VitalizeではCOOの濱野さん以外の役員も、東京の本社だけでなく地域の拠点にそれぞれ散らばっているのだそう。各地で地域密着の活動をすることと全社の経営をすること、その両方を同時にやることで新しい発想が生まれてきそうで、今後のVitalizeの動きが楽しみです。  なお、Vitalizeでは頻繁にブログが更新されており、各支社のユニークな活動やメンバーの皆さんの個性や関係性を垣間見ることができます。気になった方はぜひチェックしてみてください。 ・株式会社Vitalize ブログ https://www.vitalize.co.jp/blogs ・株式会社Vitalize 小海支社  https://koumi.vitalize.co.jp/ 文:やつづかえり

  • われら、さくほ人〈第6号〉 | koumi-sakuho

    われらさくほ人 この地に生まれ、プロとしてこの地で輝く者達の深掘りストーリー! ※この座談会は、さくほ通信1号(2017年)から8号(2020年)の紙面に掲載した内容の再掲で、年齢等は掲載時のままです。 さくほで学び・育ち、さくほを出て、再びさくほに戻ってきた。 教育の現場で、それぞれに学んだことを生かしている。 第6号(2019年12月発行) 子ども達のお手本であり安心できる存在でありたい 佐久穂小・中学校 特別支援学級担任 井出 真綾さん [佐久中央小・佐久中卒 26歳] 勉強好きではなかった自分だからこそ   佐久穂小・中学校内に併設する小諸養護学校「ゆめゆりの丘分教室」に勤務した後、「からまつ学級」の担任になって1年目。自閉症などを抱えた小学生6人を担当している。大学時代、教育学部で社会科を専攻し日本史の研究に勤しむ傍らで教員免許を取得。特別支援教育にも興味があったので特別支援学校の教員になるための勉強もしていた。子どもの頃は絵や読書が好きだった。図書館の読書カードがみんなより早く終わるように読みふけった。柔道や大正琴など町主催の習い事にも積極的に通ったが、勉強が面白いと思えたのは高校に入ってから。だからこそ、できない・やりたくない・やり方がわからない子の気持ちもわかる。「『完璧にできなくたっていいじゃん』と思える自分だから伝えられることがあると思います」。 生徒ひとりひとりに向けた授業  子ども達は普段は通常学級のクラス(原級)で過ごし、国語と算数だけこのクラスで学ぶのが基本。学年も子どもの状態も違うので、教材はひとりひとりハンドメイドだ。  「集団の中だと生きづらそうな子たちが、ここに来るのをきっかけに世界を広げてくれたり、良いところがさらに伸びたりすると、楽しいしやりがいがあります。『こういう教材だと取り組みやすいみたいです』と、原級の先生と情報共有もします。そうやって教材もユニバーサルデザインになるといいですね。教員は子どもたちにとって最も身近な大人なので、お手本であり安心できる存在でありたいと思っています 」。 小中一貫校ならではの雰囲気  小中が一つの職員室を使い、中学校の先生が小学生を教えることもあり、児童・生徒の情報を共有しやすい。小学生が中学の文化祭を見学に行ったり、小学校の音楽会に中学生が参加したりと、生徒同士の交流も盛んだ。町内の公立校はここだけなので、遠くから通わなければならない子もいるが、町がスクールバスを出して教育の場を支えている。  「自分が子どもの頃よりも無邪気な気がする。統合で規模が大きくなっているのに、みんな仲がいいですよ。校外学習や遠足などで引率すると、『自分も子ども時代に行ったなぁ』と思い出します。同じ思いを共有すると、自分と子どもたちがつながっている気がして嬉しくなります。また、町の人たちも温かく教育の現場を見守ってくださっているのが伝わってきます」と楽しそうに井出さんは話す。その笑顔から子供たちへの愛と仕事への情熱が伝わってきた。 佐久穂小・中学校ホームページ 佐久穂の山里で自然から学んだことを継ぐ 大日向小学校 環境教育ファシリテーター 山口 都さん [佐久東小・佐久中卒 26歳] 故郷の人たちとつながる喜びを伝えていく 子ども時代の温かい思い出を胸に、今春帰郷した山口都さん。現在は、母校である旧佐久東小の校舎を引き継いで新しく開校した「しなのイエナプランスクール大日向小学校」で環境教育ファシリテーターとして、子ども達の傍で働く。  静かだった校舎に子ども達の笑顔や賑やかな声が戻り、佐久穂に新たな風が吹いた。  エネルギッシュな子ども達に負けない笑顔で微笑む山口さんの表情には、日々の充実ぶりがうかがえる。  「村が全部遊び場で、自然と近所のおじいちゃんやおばあちゃんも友達だった」そういった自分が受け入れられる自由な時間を高校卒業まで充分に過ごした山口さんには、自然と引き継がれてきた風習や慣習が世代を越えて体に浸透している。 「自分にできることがあるんじゃないか」という問い  山口さんは東京農大出身。農大を志すきっかけが、子ども時代に当たり前のように見てきた自然とそこで暮らす人々の人生の循環にあった。「引き継ぎ手がおらず、空いていく田畑をまた蘇らせることは出来ないだろうか」「土地の耕し手がいなくなった大切な田畑をどうやってまた人の手につないでいけるか」子どもの頃から持っていた素朴な疑問と「自分にできることがあるんじゃないか」という強い思いが結びついて、農大卒業後、東京で休耕田を畑として再生させ、貸し農園や体験農園を運営する企業に勤めた。  その経験は、本当に佐久穂で活きることとなる。まだ雪の気配の残る三月下旬に故郷に帰り、子ども達との忙しい学校生活が始まった山口さんの元にプルーン畑の継ぎ手の話が来た。大切に育てられてきたプルーンの樹を守る。そこに大日向小学校に入学した子ども達の親と地域の人たちが集い、一緒に汗を流した。力を尽くした甲斐あって、大収穫に恵まれたこの夏、子ども達は、木から捥(も)いですぐに食べるプルーンの味を分かち合い、自分達で実際に作る新メニュー、「プルーンカレー」など知恵を絞った。手塩にかけた樹から実を結んだプルーンを収穫し、出荷する。地に足ついた佐久穂ならではの本物の学びである。 ほっとする人とのつながりや絆 帰ってきて感じた「離れていた時間があっても、また繋がっているという安心感」、「そこから生まれる思いやりや助け合い」、「共に生きる」が佐久穂では当たり前のように根付いている。子どもの頃の思い出の一つ、お正月二日に子ども達が獅子舞を各家で舞う「御獅子の御年始」の記憶を辿りながら、「またいつか復活させたい」という。  人との出会いと巡った機会や時間があって、今がある。「地域の繰り出す学校でありたい」、環境教育ファシリテーターとしての仕事は始まったばかりだ。 大日向小学校・大日向中学校ホームページ ※年齢、肩書等は発行時のものです。

  • われら、さくほ人〈第1号〉 | koumi-sakuho

    われらさくほ人 この地に生まれ、プロとしてこの地で輝く者達の深掘りストーリー! ※この座談会は、さくほ通信1号(2017年)から8号(2020年)の紙面に掲載した内容の再掲で、年齢等は掲載時のままです。 酪農と獣医師を両立する 第1号(2017年7月発行) 酪農家・獣医師 笹崎真史さん 〔八千穂小・八千穂中卒 29歳] 納得のいく働き方は自分でみつける  笹崎さんは、酪農家であり、獣医師である。ジャージー牛など100頭を飼育する実家の牧場を継ぎ、佐久地域の牧場で飼育される牛の獣医師として地域を飛び回る。酪農と獣医師、この2つを両立しているのは全国的にも珍しいが、実は父親の善治さんがずっと歩んできた道。笹崎さんにとって、同じ働き方を選ぶことはとても自然だったという。  北海道の大学で獣医学を学び、2年間獣医師として働いた後、27歳のときに佐久穂町に戻ってきた。「自分が年を重ねた時、どんなふうに暮らしているのか想像してみたんです。地元を離れた土地で組織の中で雇われて働くのか。それよりも、親やこれから築く家族がそばにいる環境で、納得のいくは働き方を自分で見つけたいと思った」そんな考えが、佐久穂町へ戻ってくることを決意させた。 2つの専門性を武器に  獣医師の資格を持っていることで、飼育する牛の不調に早く対処できるのはもちろん、人工授精などの繁殖についてもより主体的に働くことができる。地元だからこそ、働き方を模索する余裕も持つことができた。  一方で、牛の獣医師にはシビアな面も。「ペットであれば、少しでも長く生かすことが目的ですが、酪農は違います。病気を治しても出荷できる乳が出なくなれば、生かし続けることはできない。獣医師に求められるのは、経済性の復活です」と笹崎さん。  酪農家も獣医師も不足している今、2つの専門性を身に付けた者としてできることは何か。「相手にしているのは生き物。いつ何があるか分からない。24時間いつでも駆け付けられる獣医師としても、経済を支える酪農家としても、この地域でしっかりやっていきたいですね」(笹崎さん) ※年齢、肩書等は発行時のものです。

  • Entry Analyst | koumi-sakuho

    Entry アナリスト Job Description テキストの例です。ここをクリックして「テキストを編集」を選択するか、ここをダブルクリックしてテキストを編集してください。文字の色やフォントを変更することもできます。 業務内容 データ活用のための企画・基盤構築 データドリブンな意思決定や課題解決、クライアントとの折衝 マーケティング分析・ビッグデータ分析より戦略の立案、アクションプラン策定 コンテンツの反響分析 ソーシャル分析、リスティング分析、LPO、A/Bテスト チームの管理、及びマネジメント など 必須スキル ディレクションの実務経験 マーケティング分析経験 Google Analyticsの実務経験 ビッグデータ分析経験 求める人物像 大きな裁量を持って仕事がしたい方 数字を作ることにやりがいを感じられる方 変化の激しい環境のなかで挑戦したい方 主観に頼らず物事をロジカルに考え、最速で動ける方 どんな変化も前向きにとらえ、常にチャレンジしていきたい方 募集要項 雇用形態 勤務地 正社員 株式会社 X Factor本社 東京都新宿区西新宿 0-0-0 勤務時間 給与 昇給 賞与 休日休暇 10:00~19:00(労働時間:8時間、休憩時間:1時間) 月給30万円~(固定残業代含む) 年2回(4月、10月) 年2回(6月、2月) 完全週休2日制(土日) 祝祭日 年末年始休暇(5日) 夏季休暇(5日) 有給休暇(初年度10日) 慶弔休暇 産前産後休暇 待遇・福利厚生・社内制度 各種社会保険(雇用・労災・健康・厚生年金) 確定拠出年金 メンター制度 各種資格取得支援制度 新任管理職研修 Entry Form エントリー テキストの例です。ここをクリックして「テキストを編集」を選択するか、ここをダブルクリックしてテキストを編集してください。文字の色やフォントなど、テキストのスタイルを変更することもできます。ホームページを紹介したり、自己紹介テキストを入力しましょう。 名前 フリガナ 生年月日 * required 性別 * 男性 女性 未回答 電話番号 メールアドレス 郵便番号 住所 志望動機 ご質問・メッセージ 個人情報保護方針に同意する。 個人情報保護方針はこちら エントリーする 提出していただきありがとうございます!

  • タミーベーカリー〈第9号〉 | koumi-sakuho

    「タミーベーカリー」  木田 拓也さん 第9号(2021年12月発行) ー開店経緯を教えてください (木田拓也さん、以下、木田さん)大日向小学校に子どもを通わせるご縁で令和2年4月に家族5人で佐久市に移住(令和3年の春に佐久穂町に移りました)。直後にコロナが直撃し、生活が一変したこともあり、「自分たちはどうありたいのか」生き方を根本から見つめなおすようになりました。  そんな時に浮かんできたのが美容室を営んでいた母親の姿でした。残念ながら2年前に亡くなってしまったのですが、葬儀の時に多くの方から声をかけていただいて。「あぁ、本当に地元の皆様に愛されていた店だったんだな」と胸が熱くなるものがありました。同時に、自分も母のように、身近で顔が見える方々に何かしらの貢献ができるような手触り感のある仕事がしたいと思うように。  では自分は何がしたいのか。我が家は、三度の飯がパンでも大丈夫なぐらい、みんなパンが大好き。当時は佐久穂町にパンのお店が無かったこともあり、大好きなパンを通じて町の皆さまのお役にたてたら最高だな、と。そんな自分の気持ちに気付いたら、もう居ても立っても居られず、通信教育でパン作りの基礎を学び、開業支援もしてくれるパン屋さんでの修行を経て、令和3年9月、ご縁をいただいた八千穂駅前の素敵な物件で「タミーベーカリー」をオープンするに至りました。  「タミーベーカリー」という名前は、私の母も妻の母も、偶然にも「タミコ」という名前で、その名前にあやかりました。また、英語の「tummy」は、日本語で子どもが言う「ぽんぽん」に当たり、「お腹」という意味があります。「パンでお腹が満たされて、自然と笑顔があふれでる」、そんな柔らかく暖かい情景が浮かぶようなパン屋にしたいと思い、この名前に決めました。ちなみに、八千穂駅の前ではじめるベーカリーなので「八兵衛」という店名候補もあったのは、ここだけの秘密です(笑)。 ー開店して2か月が経ちますがやってみていかがですか (木田さん)とにかくアッという前に1か月が経ちました。慣れない立ち仕事が続くのもあって、開店直後は、夜寝ている時に両足のふくらはぎ・もも・すねの6か所が同時にツルという恐ろしい体験もしましたが、これもなかなか得難い良い思い出です( 笑)。と、大変なことは、もちろんありますが、開店して本当にありがたいなと思うのは、地元の方が想像していたよりも遥かに多くお店に来てくれていること。ご縁をいただいた佐久穂町の一員として、皆さまにパンを通じて笑顔をお届けしたいと思って始めたこともあり、地元の方が喜んでくれる姿を見られるのが、何よりも嬉しいですね。  また接客していて心温まることの1 つに「ご近所さんにおすそ分けしたいから別で包んでくれるかい?」という方が、本当に多くいらっしゃること。ご近所の方々を気にかけ合う関係性がある町ってとても素敵だなと思いますし、そのようなやり取りに「タミーベーカリー」が一役買えていると思うと、お店を開いて本当に良かったなとつくづく思います。 ―お店で大事にしていることを教えてください (木田さん)アメリカで仕事をしていたときに同僚がよく言っていた「ファミリー イズ ファースト」という考え方が好きで、大事にしています。これには2つの意味があります。  1 つは「自分の家族」をまずもって大事にするということ。家族が元気で笑顔でいてくれるからこそ、自分は安心して美味しいパン作りに専念ができる。そういった気持ちの安定が、パンの質やお店の雰囲気にも出ると思っています。お客様に笑顔をお届けするお店 であるためにも、まずは自分も含め、家族が健やかでいられることを大事にしていきたいと思っています。  もう1 つは、この地域の皆さまを、広い意味での「ファミリー」として大事にしていきたい。北海道産100%の小麦や無添加生地など、安全安心な原料を使った美味しいパンをお届けするのは大前提に、皆さまにどうしたら喜んでもらえるかを常に考えています。例えば、20種類程度のパンを常時品揃えるすることで、選ぶ楽しさをお届けしたり。例えば、八千穂漁業さんの信州サーモンや、山本屋糀店さんのお味噌、レティーファームさんのミント等々、なるべく地元の食材を使うことで、少しでも地域資源の循環に一役買えたらと思っていたり。例えば、お店を借り受けて改装をする際に、皆さんにとって馴染み深い八千穂駅前の素晴らしい景観を損なうことのないような意匠を心がけてみたり。  まだまだ駆け出しのパン屋ではありますが、地域の一員として、皆さまと長いお付き合いができるお店になれるよう、これからも試行錯誤を繰り返しなら、頑張っていきたいと思います。 ―18歳の皆さまに一言メッセージをお願いします (木田さん)20年の飲食店での経験はありましたが、パン屋さんは全くの未経験でした。それでもやろうと思えたのは、「自分の能力は未来進行形で考える」という稲盛和夫さんの言葉と出会えたから。「『今、できるかどうか』で考えるな。例え今できなくとも、未来でできるようになっていれば良いだけ」という考え方。この考え方があったからこそ、パン屋がやりたいという信念だけで、ここまで突っ走れたんだと思います。  「何ができるか?」という問いかけは、どうしても「過去」に経験した枠の中でしか思考が働きません。でも「何をやってみたいか?」という問いかけは、思考が「未来」に向く。未来に向いて思考するからこそ、道が開けるということが多々あります。  18歳と言えば人生の1 つの岐路に立つタイミング、色々と思い悩む時かもしれません。そんな時こそ、ぜひ「何ができるか」から考えるのではなく「何をやってみたいか」という未来思考で、考えてみてもらえたらと思います。 とは言え「やりたいことが思い浮かばない」という方もいらっしゃると思います。そんな時は、「人生の目標」のような「大きな答え」をいきなり見つけようとせず、「ふと頭に浮かぶ、小さな『やってみたいこと』」を大事に、まずは経験してみましょう。その小さな一歩を繰り返していくうちに、皆さんならではの「やりたいこと」が、いつか見えてくるようになると思います。 タミーベーカリー 【住所】佐久穂町穂積1431-1【電話】0267-78-3279 【営業】午前11 時~午後5時(なくなりしだい閉店) 【定休】日・木・祝日 【駐車場】2 台 【instagram】https://www.instagram.com/tummy_bakery/ 取材・テキスト 豊田陽介(東町) カレー屋ヒゲめがね  @higemeganecurry

  • Interview 04 | koumi-sakuho

    People 社員インタビュー Interview 04 データの力で、誰かの人生を変える仕事をしたい。 新卒入社 | アナリスト 入社した理由 テキストの例です。ここをクリックして「テキストを編集」を選択するか、ここをダブルクリックしてテキストを編集してください。文字の色やフォントを変更することもできます。 職場の雰囲気について テキストの例です。ここをクリックして「テキストを編集」を選択するか、ここをダブルクリックしてテキストを編集してください。文字の色やフォントを変更することもできます。 アカウントプランナーの業務内容 テキストの例です。ここをクリックして「テキストを編集」を選択するか、ここをダブルクリックしてテキストを編集してください。文字の色やフォントを変更することもできます。 自分の描く将来のビジョン テキストの例です。ここをクリックして「テキストを編集」を選択するか、ここをダブルクリックしてテキストを編集してください。文字の色やフォントを変更することもできます。 一日のスケジュール 9:30 始業 10:00 メールチェック 11:00 プロジェクトメンバーとのミーティング 12:00 ランチ 13:00 先輩と面談 14:00 クライアント訪問 16:00 クライアントレポートの作成 19:00 振り返り・明日の準備・退社 退社後 同期と食事

  • 嶋屋住設株式会社 | koumi-sakuho

    ★ 地域とともに50年、ぶれない経営の軸と変化の軌跡 嶋屋住設株式会社 佐久穂町で半世紀にわたり、地域の暮らしを支え続けてきた嶋屋住設。水回りの設備工事を中心に、住まいに関する様々な困りごとに応えてきた同社の歴史や社風、今後の展望について、高野英次専務と社員の土屋さんに伺いました。 「ありがとう経営」への転換——お客さんの笑顔が原動力に  2025年に50周年を迎えた嶋屋住設は、1947年に米穀販売で創業した嶋屋義吉商店を源流とし、現社長の高見澤義光さんで3代目です。1960年代に始めたLPガス販売業が成功したことから台所やお風呂などの設備業にも進出、炊飯器やストーブといった家電も扱うなど、同社の発展の歴史は、地域の生活の変遷を映し出しています。 嶋屋住設設立当時、事務所に家電の展示場も併設していた  経営理念として「お役立ちの精神を大切にし、水と住まいで、笑顔と絆をつくります」を掲げる同社は、嶋屋住設を設立した1975年から水と深く関わってきました。一般の顧客とさらに深く関わるようになったのは2000年代初頭、町内で下水道の整備が進んだことがきっかけでした。この頃に入社した高野さんは、各家庭に水洗トイレを設置する工事の注文が次から次に入り、順番待ちになるほどだったと振り返ります。  「当時はスタッフも10人くらいで、本当に大忙しでした。ただ、数年後には水洗トイレの普及が進み、当然のことながら需要が減って、会社の業績も下がり始めました」(高野さん)  黙っていてもお客さんが来る時代が終わると、同社は大手ハウスメーカーから、住宅の新築に伴う設備工事を請け負うようになりました。北は小諸市、軽井沢町から南は川上村あたりまで、営業をしなくても仕事はやってきます。ただし利益は少なく、「このままでいいのか」と方向性を模索する時期でした。  社長の高見澤さんが本格的に経営の勉強を始めたのは、この頃です。経営に関する研修で学んだ「ありがとう経営」という考え方を取り入れ、感謝の生まれる仕事、感謝を伝え合う組織という方向性を、毎朝の朝礼で全員で確認するようになりました。  その後、地域のお客さんから直接依頼されるリフォームの仕事を増やし、下請けから脱却していきました。  「トイレの水洗化がまだ終わっていないお宅はトイレ用の臭突が立っていて、外から見て分かるんです。そういうところに飛び込みで営業しました。また、以前にトイレの設置をしたお客さんが『そろそろキッチンやお風呂も新しくしたい』とお声がけしてくださることも増えてきました。そうやって直接お客さんに提案したり、要望を聞かせてもらったりして仕事をさせてもらうようになると、笑顔で『ありがとう』の言葉をいただけて、私たちも喜びを感じられます。これこそが一番大事なことじゃないかと、経験から学んでいきました」(高野さん) 震災復興支援が教えてくれた「水」の大切さ  お客さんからの相談に応えるうちに、仕事は水回りに限らず、サッシの交換や階段の手すりの取り付け、カーポートの建設など、多岐にわたっていきました。それでもあえて”水”を中心におく経営理念を重視する背景には、2016年の熊本地震の際、社長が熊本市まで給水の支援をしに行ったことがあります。 社長の高見澤義光さん  どれだけ生活が変わっても必要性はなくならない。普段は簡単に手に入るけれど、設備の故障や災害などがあれば大きな困りごとにつながり、支援が不可欠。助けてあげられればお客さんの笑顔につながるもの。それが”水”だと新たに認識する機会となった経験でした。  これが、2011年の東日本大震災の直後に掲げた「お役立ちの精神を大切にし、水と住まいで、笑顔と絆をつくります」という理念を、再認識するきっかけとなったのです。  その後も、時代とともに仕事の内容は少しずつ変わっていきます。最近では、佐久穂町の自宅や実家から離れて暮らすお客さんから「不在の間、家を管理してほしい」という依頼が増え、定期的に見回っています。それに伴い、「空き家を買ってくれそうな人はいないか」という相談を受けることもあり、不動産のニーズも感じるようになりました。また、高齢のお客さんから「電球を替えてほしい」とか「テレビがつかない」といった様々な困りごとの連絡があり、しばしば訪問することも。これも、高齢者の見守りという新たな仕事につながりそうです。  いずれにしても、安易に流行に乗らず、地域の人々の暮らしを良くするという軸からぶれずにやっていくこと。それがお客さんからの信頼を積み重ねることになり、自社の経営の安定化にもつながってきたと、高野さんは振り返ります。 高野さん 資格取得を支援、未経験者も立派なベテランに  現在の嶋屋住設は、会長と社長も含めて15名が様々な役割を担っています。請け負う仕事には資格が必要なものも多いため、資格取得に向けて講習会に参加できるように勤務シフトを調整したり、受験料を全額負担したりという形で支援をし、保有資格に応じて手当を支給しています。  今後、若手の未経験者が入社した場合には、職業訓練校に通って技能を身に着けてもらう計画です。  「だいたい6割は会社で通常業務に当たり、4割は学校に通うというような形になります。直近では社員2名が2年間職業訓練校に通い、2級配管技能士の資格を取得しました。卒業試験に当たる技能競技大会では、2名とも長野県で1位という好成績を修めています」(高野さん)  異なる業界から未経験で入社したこの2名も、すっかりベテランの域に達しました。後輩が来れば素晴らしい指導と教育をしてくれるだろう、と高野さん。一日でも早く若手の採用をしたいと考えています。 1978年、国道141号沿いの今の事務所に移転した  なお、今いる人たちの入社理由は、東京の会社で働いていたけれど地元に戻りたくなった、製造業で働いていたけれど残業が多くその分の給料ももらえていなかった、など様々。現場で働くスタッフは、転勤がなく地元で働き続けられることに魅力を感じていたり、機械や器具を使って自らの手で何かを作るということに面白さを感じるという人が多いようです。 家庭との両立にも理解ある、会話の多い職場 事務所は和やかな雰囲気  嶋屋住設では女性も4名働いており、工事の許可を取るための申請業務、リフォームをしたお客さんのアフターフォローやSNSでの情報発信、経理など、それぞれに重要な仕事を任されています。  2016年に入社した土屋さんは3年ほど前、家族の介護のために1ヶ月ほど休んだことがありました。  「介護のためにやらなければいけないことが立て込んでしまって、しばらくお休みさせてください、という話をしました。すぐに『ああ、いいよいいよ』って言ってもらえて、ありがたかったですね。結局1ヶ月経たずに落ち着いたので、また行きます、と連絡したら、それも『はい、どうぞどうぞ』って」(土屋さん) 土屋さん  他にも子育てのために時短勤務をする人がいるなど、家庭と仕事の両立に理解があり、職場の雰囲気も良好だと語ってくれた土屋さん。社員同士で自然に雑談が始まることも多く「夕方になると必ず、今日の夕飯は何にする?と聞いて、その日の献立を考えるんです」と笑いました。  休日は、畑で野菜を育てたり、バイクに乗ったり、ゴルフをしたりと、自然の多い田舎ならではの生活を楽しんでいる人が多いようです。お客さんの希望で土曜日に対応することも多いため、今はシフト制で土曜日の出勤があります。ですが、最近は取引先も完全週休2日制を取るところが増え、重機が借りられない、足りない材料があっても週明けまで調達できない、といったこともあり、月に1回は完全土曜休日もつくりました。  「若い人は休日を大切にするし、世の中の流れに合わせて休みを増やしていく必要も感じているところです」と高野さん。大事な軸はぶらさず、会社を存続させていくには変えていかなければいけないところもあると指摘し、働き方やビジネスについて「新しい視点で提案をしてくれる人も大歓迎です」と期待を込めて語りました。 文:やつづかえり 嶋屋住設株式会社ウェブサイト

  • このマチで働く | koumi-sakuho

    About Us 私たちの想いと目指す未来。 Vision 私たちについて ビッグデータ x AIの力で、 マーケティング業界に 革命を起こす。 テキストの例です。ここをクリックして「テキストを編集」を選択するか、ここをダブルクリックしてテキストを編集してください。文字の色やフォントなど、テキストのスタイルを変更することもできます。ホームページを紹介したり、自己紹介テキストを入力しましょう。 Message 代表メッセージ テキストの例です。ここをクリックして「テキストを編集」を選択するか、ここをダブルクリックしてテキストを編集してください。文字の色やフォントなど、テキストのスタイルを変更することもできます。ホームページを紹介したり、自己紹介テキストを入力しましょう。 テキストの例です。ここをクリックして「テキストを編集」を選択するか、ここをダブルクリックしてテキストを編集してください。文字の色やフォントなど、テキストのスタイルを変更することもできます。ホームページを紹介したり、自己紹介テキストを入力しましょう。 Our Business わたしたちの事業 デジタルマーケティング事業 テキストの例です。ここをクリックして「テキストを編集」を選択するか、ここをダブルクリックしてテキストを編集してください。文字の色やフォントなど、テキストのスタイルを変更することもできます。ホームページを紹介したり、自己紹介テキストを入力しましょう。 ソリューション事業 テキストの例です。ここをクリックして「テキストを編集」を選択するか、ここをダブルクリックしてテキストを編集してください。文字の色やフォントなど、テキストのスタイルを変更することもできます。ホームページを紹介したり、自己紹介テキストを入力しましょう。 オウンドメディア事業 テキストの例です。ここをクリックして「テキストを編集」を選択するか、ここをダブルクリックしてテキストを編集してください。文字の色やフォントなど、テキストのスタイルを変更することもできます。ホームページを紹介したり、自己紹介テキストを入力しましょう。

  • こうみ・さくほ通信note | koumi-sakuho

    こうみ・さくほ通信note 「こうみ・さくほ通信note」は長野県東部の佐久穂町で起きている出来事を魅力的に発信したい人たちのグループとして始まった「さくほ通信club」を発展させ、2024年からスタートしました。両町の魅力やそれを楽しむイベントを開催しnoteにて様子をお届けしています。 to note

  • 株式会社 カネト | koumi-sakuho

    ★ 未経験から社外のプロに頼られる存在へ。 変化に富む建材商社の仕事のやりがい 株式会社 カネト  カネトは建築に必要な資材を扱う商社として、工務店や設計事務所など様々な関係者と協力しながら建築現場を支えています。未経験で入社し、ときには失敗もしながら変化に富む仕事に臨機応変に対応できる力を身に着けてきたという高見澤崇さん(木構造・プレカット事業部 課長)と藤巻千穂さん(総務部 係長)に、自身のキャリアや仕事の特徴、カネトの社風などについて伺いました。 金物屋に始まり、建材の総合商社へ  1947年に小海駅前の金物屋として創業したカネトは、1968年に建材機器部を設立して以降、床材や壁材、サッシなど建築資材の仕入れ販売が事業の核となりました。2012年には太陽光発電システムや省エネ機器を扱う環境事業部を設けるなど、その後も事業の幅を広げながら今にいたります。 軽井沢店では、カネトが取り扱う様々な種類の木材を手にとって見ることができます  高見澤さんは、サッシを組み立てる工場の2階で幼少期を過ごし、会社で働く人たちの姿がいつも身近にあったと振り返ります。  「保育園から帰るとボルトで遊んだり、事務員さんにおやつをもらったり、建築現場にもよく連れて行ってもらいました」(高見澤さん)  そんな高見澤さんは、大学卒業後に東京の異業種の会社で働いた後、2013年にカネトに入社。最初の3年間は他社に出向し、新しい部署の立ち上げに必要な知識を学びました。出向先は、建築に使う木材を設計図に合わせてカットする「プレカット」の工場で  現在の建築現場では、プレカット工場でカットした木材を運び込み、現場で組み立てる工法が主流です。カネトでプレカットの注文も受けられるようになれば、それまでメインの商材であった石膏ボードや断熱材などに加えて木材も取り扱える。建築に必要な材料を1社で引き受けられるようになればお客さんも助かるはず——そのような展望のもと、カネトはプレカット事業部の立ち上げを決めたので  出向先から戻った高見澤さんは新たな事業部の立ち上げメンバーの一人となり、現在は木構造・プレカット事業部の課長を務めています。) 強みは顧客のニーズを幅広く、迅速に満たす体制  プレカット事業に進出したカネトですが、自社工場はありません。注文主と打ち合わせて図面を作成し、現場への納品まで責任を持ちますが、加工の部分はいくつかの工場に外注しています。 複数の工場との提携には、顧客の要望や物件の特徴に合った加工方法を柔軟に選べるという利点があります。また、新型コロナウイルスの流行が引き金となったウッドショック(木材の不足と価格の高騰)の際も、この体制が功を奏しました。  「ウッドショックの際は、加工したくても元になる木が手に入らず、断らざるを得ないという会社さんが多かったんです。ですが、うちは取り引きのあるたくさんの工場に相談し、少しずつ仕事を割り振ることができました。複数の工場と連携してやっていくという体制がリスクヘッジになったんです。他で断られたという仕事も全て引き受けた結果、生産量が落ちるどころかむしろ上がり、そこからお付き合いが始まったお客様もいらっしゃいます」(高見澤さん)  プレカット事業に限らず、カネトの強みは顧客のニーズにきめ細かく、臨機応変に応えられる体制にあると高見澤さん。「頼まれれば弁当だって届けますって、よくお客さんに言うんですよ」と笑います。  「『弊社にご相談いただければなんでも揃えます』という意味です。ただ、商社という立場だと、同じ商品ならうちに頼んでも他社に頼んでも変わりありません。じゃあ、どこで差別化するかというと、情報の速さや配送力なんです。営業担当者はしっかりアンテナを張り、お客さんに有益な情報を届けるということに力を入れています」(高見澤さん)    配送力が強みになるのは、自前の物流体制があるためです。軽井沢の物流事業部で10名のドライバー、サッシ事業部で10名の職人が、毎日様々な現場に商品を届けて回っています。軽井沢など住宅建設が盛んなエリアに近いのも利点で、現場から「これが足りない!」と連絡があれば、その日のうちに届けることも可能です。顧客がカネトの倉庫に直接取りにくることもでき、必要なものが早く手に入ると、非常に喜ばれています。 職場の人間関係と社外の関係者に助けられて成長  取材に伺った軽井沢支店には大きな倉庫があり、そこから荷物を運び出してトラックに積み込む様子などから、活気のある雰囲気が伝わってきます。20代後半から30代前半の社員が多く、雑談が盛り上がることもしばしばだそうです。  藤巻さんは、2016年に入社しました。長野県内の短期大学在学中に就職活動をするもなかなか内定を得られずにいたときに、大学の先生に勧められて受けたのがカネトでした。  内定を得て、就職活動を終わりにしたい一心で就職を決めたため、あまり前向きな気持ちで入社したわけではなかった藤巻さん。しかし、徐々に他の社員たちと打ち解け、会社が居心地の良い場所になっていったと振り返ります。  「入社したときは、働かなければいけないから働いているという意識だったんです。でも、2人の女性の先輩と仲良くなって、3人で遊んだり旅行に行ったりするようになりました。そうすると自然と他の女性の先輩たちとも仲良くなり、男性の社員の方たちにも心を開くことができるようになりました。結果として、とても働きやすい環境だと感じられ、この会社でがんばっていこうと思えるようになったんです」(藤巻さん)  入社当初に藤巻さんが配属されたのは事務部です。顧客からの注文を受け付けて各種伝票の入力や配送の手配をしたり、支店に届いた様々な資材を受け取って確認したり、それらを引き取りに来た大工さんの応対をしたりなど、仕事内容は多岐にわたりました。  「最初は建築現場で使われる専門用語が分らなくて、それを解読するのが大変でした。それが分かるようになっても、何かと臨機応変に動くことが求められ、いろいろと気を回さなければいけないことがあります。カネトの事務ができたら、どこに行っても通用するよ、と言われました」(藤巻さん) 毎日、様々な資材が届き、出荷される軽井沢店の倉庫  事務というとルーチンワークのイメージがあります。しかしカネトの事務の仕事は、藤巻さんが「同じ日は1日もなかった」と言うほど変化に富み、退屈しない毎日だったそうです。  藤巻さんは5年前に総務部に異動し、人事と総務を担っています。ここでも、社長をはじめとする役員からの指示に応えたり、人材採用のための説明会や面接の段取りをしたりと臨機応変の対応が求められることが多く、日々考えながら仕事を進めています。  高見澤さんも藤巻さんも、業界未経験から入社し、現場で学びながら成長してきました。社外の様々な関係者とのやり取りが多く、調整が大変な部分もあります。その分、チームのような関係になれたときには、大きなやりがいを感じられる仕事だといえるでしょう。  「大工さんや設計士さんから『こういう建物を作りたいんだけど、どういう組み方をしたらいいですか』とか『こういう設計図を描いたんだけど、プレカットで実現できますか』とか、少し専門的なことで頼っていただけたときは、とても嬉しいです」(高見澤さん)  高見澤さんに、プロの相談を受けられるような知識や経験が最初からあったわけではありません。当初はゴミ拾いくらいしかすることがなくても現場に通い、納品した製品が組み立てられていく様子などを見たり、現場の大工さんたちに聞いて、少しずつ覚えていきました。その結果、うまくいかないことがあっても、一緒に解決策を考えてもらえるような関係性ができてきました。それが今、仕事をする上での重要な土台になっていると、高見澤さんは振り返ります。 失敗を経験し、そこから学んでほしい  カネトでは新卒と中途の人材採用を行っており、新卒については高卒と大卒合わせて2〜3名が毎年入社しています。地元で働きたいという人の他、最近ではパートナーの地元で暮らすために東信地域での仕事を探し、カネトに入社するというケースもあるそうです。 軽井沢支店の窓の外には、雄大な浅間山の姿が見えます  「どんな人がカネトに向いていますか?」と聞くと、高見澤さんからは「仕事を自分ごとにできる人」という答えが返ってきました。  「建築はいろいろな業者さんが関わるので自分ひとりでは完結しませんし、一軒一軒が違うのでイレギュラーなことばかりです。関わる人たちそれぞれの都合もあるので、相手が『どうしてほしいか』をちゃんと考えて最後まで実行するという気持ちがないと、どうしてもやりきれないことが出てきてしまいます。お客さんのために自分ごととしてできるか、というのがとても大事です」(高見澤さん)  藤巻さんが考えるカネトに向く人は、「明るい人」です。  「分らないことがあるとか、慣れていないとか、最初はできないことがいろいろあると思うんです。でも、前向きな気持ちを持って、はっきり挨拶や返事ができる人がいいですね」(藤巻さん) 高見澤さんも、「分からなくても構わないので、はっきりリアクションしてくれるのが一番助かります」と頷きます。そして「若い人は、失敗を恐れないでほしい」と強調しました。  「入社したばかりでできないのは当然で、むしろ失敗してほしいと思っています。ちょうど今、入社3〜4ヶ月くらいの子がいるんですけど、失敗せずにできちゃったときは、『ここは、間違えてくれないと』って文句を言ったりするくらいで(笑)。失敗したときにこそ学びが生まれるものだから、どんどん失敗してほしいです」(高見澤さん)  高見澤さん自身、プレカットの加工不良が原因で現場に集まった職人さんたちの仕事が全部ストップしてしまったという経験があるそうです。ちょっとしたミスがスケジュールの遅れや信用低下も招く可能性があるということを、心に刻む機会になったことでしょう。  カネトに入社する人は、高見澤さん同様に業界未経験者が多く、必要な知識は仕事をしながら覚えていくことになります。ただ、昔のように「見て覚えろ」というやり方を良しとしているわけではなく、時代に合った育成方法に変えていきたい、と高見澤さん。失敗を学びを得る機会と捉えて見守るという考え方も、そのひとつでしょう。 若手の声を聴き、行動を示すことが重要  時代に合った育成という点では、モヤモヤしている若手がいたら話を聴くことも重要だと高見澤さんは感じています。  「以前は、不満を言えないまま溜め込んだ末に『辞めます』と言ってくる人がいました。そうなると、もう引き止めてもどうにもならないことが多いです。最近は、不安や不満があると藤巻さんのところに相談がくるようになって、急に辞めてしまうということがなくなっています」(高見澤さん)  「特に『相談してね』と言っているわけではないんですけど、他の支店に行ったときにも若い社員に積極的に話しかけたりして、相談しやすい関係にはなれているのかもしれません。話を聞いて、私が全部解決できるわけではないんです。ときには高見澤さんにお願いして、相手の良いところも良くないところもはっきり言ってもらうなど、フォローしてもらっています。変えた方が良いことについては、会社に働きかけたりして少し妥協案のようなものが見いだせることもあるし、何も変わらなくても、行動し、その結果をちゃんと伝えてあげる。それだけでも、『話を聴いて、動いてくれたんだな』と納得感が得られることが多いですね」(藤巻さん)  まもなく創業80年を迎えるカネトがこれからも頼られる存在であり続けるために。高見澤さんや藤巻さんのような中堅社員が中心となり、時代に合った育成や働きやすい職場づくりを進めている様子がうかがえました。 文:やつづかえり 株式会社カネトウェブサイト

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