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  • われら、さくほ人〈第7号〉 | koumi-sakuho

    われらさくほ人 この地に生まれ、プロとしてこの地で輝く者達の深掘りストーリー! ※この座談会は、さくほ通信1号(2017年)から8号(2020年)の紙面に掲載した内容の再掲で、年齢等は掲載時のままです。 診療所の医師として 日々奮闘中 第7号(2020年7月発行) 南牧村診療所 所長 小林 和之さん [佐久中央小・佐久中卒 31歳] 人と地域とつながる総合診療の道へ  佐久総合病院総合診療科の医師として南牧村に赴任して2年目。「南牧村出張診療所」と「野辺山へき地診療所」、一人で2つの村立診療所を掛け持ちし、診療・往診をしている。  小林さんが医師を目指したきっかけは、看護師をしていたお母さんの影響だった。はじめは小児科や産婦人科といった医師不足の分野を目指したが、研修を重ねるうちに、地域とのつながりを大切にし人そのものを診る総合診療に興味を持つようになった。残念ながら、最初に小林さんに道を示してくれたお母さんは2年前に他界。だが、佐久総合病院小海分院で親子一緒に働いた時期もあり、医療人としての思いは小林さんにしっかり受け継がれている。 医療をもっと身近に  住む地域や社会的理由で医療が届きにくい人たちがいる。そんな場合でも平等に医療を行き渡らせられるのが診療所の機能だ。だからこそ小林さんは、住民の生活に寄り添って楽しみながら診療する。患者さんに畑の作り方を教わったり、地元のイベントでプースを出したり、『診療所だより』を発行したり、身近に感じてもらう工夫も欠かさない。県下で初の新型コロナウイルス感染者が確認された南牧村。コロナ禍では、紙芝居を作成し、見えないウイルスに不安を抱えている住民に向け、正しい対処法を広めた。 自然の中で思い切り遊んだ少年時代  自然豊かな佐久穂町。幼い頃は近所の子どもたちと田んぼでカエルをとったり、雪の上を踏み荒らしたり、釣りを教わったり、とにかく外でたくさん遊んだという小林さん。「凍った坂を勢いよく滑り降りて他所の家のガラスを割ってしまって謝って許してもらって。佐久穂の人はあたたかいです(笑)」と、やんちゃなエピソードも明かす。「少年野球もやっていたけど、自分たちの学年は弱くて…でもそれもいい思い出ですね。小学校では金管クラプに所属してトロンボーンをやっていました。今でも佐久総合病院の吹奏楽団に所属していて「トロンポーンの先生」なんて呼ばれたりします。先生たちも個性的で面白くて楽しい少年時代でした。 若い皆さんへ  佐久穂中学校の最初の卒業生が成人を迎えるとのこと。20歳前後のころ、 自分は信州大学に進学しアパートで独り暮らしをしていました。3カ月に 一度くらいは佐久穂に帰って来て、地元にいる同級生と集まって近況を話したり、夜通しゲームをしたりと子どもの時の遊びの延長のようなことをしていたのを覚えています。  若い皆さんの未来は明るいです。 無駄なことは何一つありません。失敗すること、うまくいかないこと、自分にもありましたが、地元の仲間や先生、 コーチの言葉や存在が支えになりました。 皆さんには佐久穂という帰る場所があります。安心して何にでも挑戦してください。 ※年齢、肩書等は発行時のものです。

  • 株式会社 黒澤組 | koumi-sakuho

    ★ 時代に即した人材育成で、地域の未来を支える会社に 株式会社 黒澤組  長野県小海町で70年以上の歴史を持つ黒澤組。高齢化が進む建設業ながら、約100名の社員のうち20代と30代が約3割を占めるなど、若手が活躍する会社です。代表取締役社長の黒澤和彦さんに、未経験の若手を育成するに当たって重視していることや、地域の暮らしを支える会社としての思いを伺いました。 円形の新社屋や現場に配達するお弁当に込められた思い  黒澤組は、黒澤さんの祖父が土木工事の会社として1952年に創業した会社です。1970年代に生コンクリートやアスファルトの製造も自社で行うようになり、2000年代には建築分野にも進出するなど、事業の幅を広げてきました。 2024年に完成した本社社屋。隣にもう1棟建設予定  国道141号沿いの本社棟は2024年に完成したもので、美しい円形のデザインには、近隣の方にも注目してもらえるような建物を、という黒澤さんの考えが反映されています。円形部分の窓越しに見える広いスペースは、社員同士や地域の方々の交流が生まれるカフェスペースとなっています。  そのスペースの奥にある扉を開くと、大きな厨房があります。そこでは毎朝お弁当作りが行われており、社員には現場までの配達も込みで1食300円で提供しています。 朝からお弁当を作り、昼前に各現場に配達する  「もう35年くらい前のことですが、先代の社長の時代に『毎日お弁当を持ってくるのが大変だ』という社員の声を聴き、『じゃあ、会社で作るか』ということになりました。建設業の会社の取り組みとしては珍しいので、いろいろ取材を受けたり表彰されたりもしました。今だに他の会社でやっているという話は聞かないですね」(黒澤さん) 人を育てる方法も、時代に合わせて変化  お弁当の提供を始めた経緯からも、社員のために何が必要かを考え、独自の施策を実行する会社の姿勢が伝わってきます。  そんな黒澤組が最近力を入れているのが人材育成です。社員一人ひとりの技術がなければ、会社として良い仕事をし、成長していくことはできないと考えるからです。  この人手不足の時代に建設業の持続可能性を高める鍵は“デジタル化”だと、世間では言われています。黒澤組でも、3Dスキャナによる計測システムやドローン、ICT建機などの導入を5年ほど前から本格化しています。それでも、社員が現場経験を積んでスキルを身に着けていくことの重要性は変わらないと、黒澤さんは指摘します。  「デジタル化を進めれば、それほど熟練していない人でもできる仕事が増えます。とは言え、ある程度の経験が必要とされる仕事がなくなるわけではありません。若い人たちにどれだけ経験を積んでもらえるかが重要な課題です。そこで8年ほど前、社員の採用と教育にきちんと取り組んでいこうと『人材育成推進室』を立ち上げました」(黒澤さん)  同社の採用サイトには、「人材育成の方法も時代とともに変化します」という言葉とともに、人材育成のあり方の「これまで」と「これから」を比較した表が掲げられています。 人材育成のあり方の変化 黒澤組 採用サイト より  建設業というとどうしても「上下関係が厳しい男性的な職場」というイメージがつきまといます。しかし黒澤組は時代に即して変化している——それを伝えるために、普段から意識していることを明文化してサイトに掲載しました。これが形骸化しないよう、外部講師を招いて研修を行うなど、社内の意識変革にも継続的に取り組んでいます。  一方で、優しく教えるだけでは建設現場での仕事の安全と品質を保つことが難しい面もあります。厳しく指導することが必要なタイミングもあり、そのバランスを取ることには苦慮しています。しかし黒澤さんには「一番大事なのは若い人に入っていただき、その人の能力を発揮してもらうこと、やりがいを持ってもらうこと」という信念があり、そのための方法を試行錯誤し、時代に合わせて変化させてきたのです。 挑戦の機会とチームのフォローで未経験から育てる  同社は毎年1〜2名程度の新卒入社者がおり、今後さらに採用を増やしていく予定です。中途採用も含めて4人に1人は県外からの応募者で、登山が好きで自然の多い地域で働けることに魅力を感じて入社した人もいます。他にも、運動部出身で身体を動かすことが好き、車や重機に興味がある、といった人が比較的多いようです。  業界経験や土木や建築に関する専門的知識は、あれば役に立ちますが、全くの未経験でもやっていけるよう、独自の育成カリキュラムを用意しています。  近年は女性の採用も積極的に行っており、現在の男女比は5:1程度です。現状は内勤の業務で力を発揮している女性が多いですが、一部には現場で働いている女性社員もいます。建設業界全体でも、現場の休憩所の快適性向上など女性が働きやすい環境整備が進んできており、黒澤組でも活躍の場が広がっていくでしょう。 本社内の執務スペース  先にも触れた通り、人材育成に関して黒澤さんが大切にしているのが「経験」です。  「ひとつの仕事をこなしていく中でスキルが向上したり意識が変わったりするものですから、その機会をいかにつくるかということに腐心しています」(黒澤さん)  道路や大型店舗・施設といった大規模な工事に関わる仕事は、相応のプレッシャーも伴うでしょう。挑戦の機会を与えられて積極的に飛び込んでいく人もいれば、「今はまだ難しい」と感じる人もいます。強制はせず、その人がチャレンジできるタイミングを待つというのが、黒澤さんの姿勢です。また、チャレンジしてみてうまくいかないときも、会社全体でフォローできるのが同社の強みだといいます。  「うちは、現場監督も現場で作業をする人も自社の社員です。適材適所で、みんなで協力していいものを作るというスタンスでやっています」(黒澤さん) 生活になくてはならない仕事を通じ、地域に貢献したい  県外からの応募も歓迎しつつ、黒澤さんは「できるだけ地元の方に入社してもらいたい」と語ります。そのため、近隣の高校や県内の大学に通う学生のインターンの受け入れや、地域の企業の合同説明会への参加も積極的に行っています。  人材育成推進室で採用を担当する牛山花純さんによると、説明会には地元の高校を卒業した社員に参加してもらい、身近な先輩として話をしてもらうそうです。  「『同じ高校出身なんですよ』と社員を紹介すると、高校生の皆さんも興味をもって話を聞いてくれるんです。ただ、そういう場に慣れていない社員もいるので、『こういう話をしてほしい』というガイドを事前に渡したり、『学生さんからこんな質問が出てくるかもしれないから、答えを考えておいてもらえる?』とお願いしておきます。それでも自分の言葉で伝えるのが苦手だという場合は、私たちが話を聞いて一緒にメモを作るなど、なるべく前向きに参加して良い話をしてもらえるように工夫しています」(牛山さん) 黒澤さんは、首都圏に人口や産業が集中し地方の持続可能性が危ぶまれる状態を憂いつつ、この地域をなんとかもり立てていきたいと考えています。そのため、小海町のぎおん祭や氷上トライアスロン大会などのイベントに積極的に参加したり、地域の野球チームの監督を務め、社員にも参加を促すなど、地域の人々との関わりの機会を大事にしています。そして何より「建設会社は地域の暮らしにとってなくてはならないもの」という思いをもとに業界のイメージを変え、若い人たちが夢を持って働ける職場づくりをすることで地域に貢献したいと力強く語りました。  「何もなかったところに道路や建物ができ、それによって地域の皆さんがより快適に暮らせるようになる。これがこの仕事の一番の醍醐味です。それが社員を通じて子どもたちや周囲の人に伝わり、この業界に入ってくれる人が増えるといいですよね。そう考えて取り組んでいます」(黒澤さん) 文:やつづかえり 株式会社黒澤組ウェブサイト 株式会社黒澤組リクルートサイト

  • われら、さくほ人〈第3号〉 | koumi-sakuho

    われらさくほ人 この地に生まれ、プロとしてこの地で輝く者達の深掘りストーリー! ※この座談会は、さくほ通信1号(2017年)から8号(2020年)の紙面に掲載した内容の再掲で、年齢等は掲載時のままです。 佐久穂の新しい花卉文化をつくる 第3号(2018年7月発行) 花卉農家 中島和輝さん [佐久中央小・佐久中卒 32歳] フラワーデザインを学び、栽培へ  花の色や形が多彩なトルコギキョウは、佐久穂町を代表する特産品の一つ。この一つ一つの花に愛情を込めて育てている、花卉農家の中島和輝さん。生産者として自身に満ちた表情が印象的だ。仕事に誇りを持ち、取り組む姿は、実に格好いい。  しかし、そんな中島さんも最初からこの道を志していたわけではない。雑貨などのデザインに興味を持ち、悩んだ末に、家業との中間をとって、フラワーデザインの道を目指した。  「何よりいろんな業界を見てみたいと思ったんです」と中島さん。東京の専門学校でフラワーデザインを学んだが、入学当初は、クラスでも花のことを知らない方だったという。卒業後、実際に花屋で働く中で、生産物としての花にだんだんと興味は増していった。新宿や銀座などの花屋で働き、いろいろな情報があつまる場所、さまざまなニーズがある場所で、経験を積んだ。 花卉農家として自分のスタイルを  23歳の時に、家庭の事情で実家に戻ることになった。それは生産者としてスタートすることを意味していた。当時、中島家では、生産だけでなく、小売りやブーケづくりなども手掛けるようになっていた。そこに自分としての“色”を出すために、自分自身の屋号(店舗のない花屋)も持つことに決めた。「NOCE(ノーチェ)」と名付けた。「NOCE」は、イタリア語で「木の実」を意味する。  「成長する中で一つの成果が木の実として結実します。また、それは次に続く、種でもあります。マークは、シャムロックという洋菊を使っています。菊は一般的に縁起の悪いイメージですが、シャムロックは外国では祝い事に使われる花です。そういったとてもいい花にあやかって、既成概念をくつがえしていきたい、そんな思いを込めています」と中島さん。  帰郷後、間もなく家業を継いだ。それから数年、自分なりのスタイルを身に付けつつあるが、まだまだ学ぶことは多い。  「花は気が抜けない。自分の甘えがダイレクトに出てしまう。自分が集中できなかったときなど、モノが悪くなってしまいます。きちんと目をかけてやることが大事です。今は自分の生活の一部。ごはんを食べるのと一緒。休みでも畑に行かないと気が済まないです」と、花に愛情を注ぐ毎日が続いている。 現在は、フラワーアレンジメントも受注している。写真は「母の日」用のアレンジメント キク・カーネーションからトルコギキョウへ  一方で、“花業界”への危機感を持つ。昔は佐久町といえば、キクだった。中島家も祖父の代でキク、カーネーション、父の代でカーネーションとバラをメインに扱っていた。特にバラなどは外国産の輸入物に押され、トルコギキョウへと移ってきた。今はトルコギキョウがメインだが、中島さんは、露地の花木を始めたり、冬の品目も何かできないか模索している。  花を実際に消費者に届ける場面や、フラワーデザインに携わってきたからこそ、もっと何かできるのでは、というもどかしさがある。  「自分が花屋で学んだことを生産現場で活かしたい。いろんな場面を見て、知っているからこそできることもあるはず。生産においても、小売りにおいても、どうやって花を生活に組み込んでもらえるか、もっと身近な存在にしてもらうのが課題。花の魅力を発信していく場所をつくりたいですね」と意欲を見せる。  個人としてはもちろんだが、佐久穂町の花卉栽培の発展にも展望を持ち、「花卉農家で自分は一番の若手。自分ががんばることで、花卉農家を魅力的に思ってくれる人が増えたら。今後、つないで守っていくためにも、新規就農者を増やしたいですね」と力を込める。  新しい感性を持ち、新しい風を持ち込む中島さん。今後、新しい花卉栽培の文化をつくっていくかもしれない。 ※年齢、肩書等は発行時のものです。

  • さくほ人座談会〈第5号〉 | koumi-sakuho

    さくほ人のフィールドオブドリームス  佐久穂町早起き野球連盟 第5号(2019年8月発行) 2019年5月11日に行われた開会式にて 夏は高校野球が日本列島を熱く盛り上げます。それに負けない思いやハッスルプレーで野球に取り組んでいる熱き男たちが佐久穂町にいます。かつての球児たちは、大人になっても変わらぬ野球愛で、早起き野球という場に舞台を移し、白球を追いかけます。佐久穂町の早起き野球チームの4チームを代表して、8人のさくほ人に聞きました。 Q:球歴また早起き野球を始めた軽緯は 小平クラプ 土屋潤さん(以下土屋) : 小学校5年の少年野球から中学、高校(野沢南)、大学ではサークル、就職してからも早起き、体育協会(以下体協)の野球とずっと野球を続けています。 小平クラブ 小池良さん(以下小池)  僕も同じように小学校から中学、高校(野沢北)、大学、就職して早起き、体協と継続してやっています。 穂積愛球 石井裕太さん(以下石井)  大学のサークルから始めて、地元に戻ってから会社(樫山工業)でもやっています。 穂積愛球 小清水将志さん(以下小清水)  小学校4年生から、中学、高校(小諸)、大学、今も体協や早起きなどでやっています。 S 菊池俊文さん(以下菊池)  小学校から始めて、大学を卒業してからは、クラブチームの「佐久コスモスターズ」に在籍していました。全日本クラブ野球選手権に出場したのがいい思い出です。今は、松本市で「しなののてっぺん」というチームでもやっています。 S 小林裕太さん(以下小林)  野球未経験ですが、誘われて今年から入りました。代走でもいいからと。 (速い)足を買われて・・・のようです。 佐久プレイボーイズ 関龍一郎さん(以下関)  野球を始めたのは大学時代。地元出身ではなく神奈川の出身です。早起きに参加したのは、こちらで就職したとき、「知り合いをつくるのにいいから入れ」と職場で誘われたのがきっかけです。今はナイターソフトもやっています。 佐久プレイボーイズ 須田隆太さん(以下須田)  小学校4年生の時に始め、中学、高校(岩村田)と続け、今年はこのリーグでもチーム掛け持ちでやっています。とにかく野球が好きなので、いっぱいエンジョイしています。 Q:早起き野球の魅力は 土屋  いろんな知り合いができるのがいいですね。早起き野球で知り合った人がたくさんいます。日中眠たくてつらいこともありますが、何といっても夏場の朝は気持ちがいいですよ。 小池  世代を超えたつながりもできます。歳をとってくると打って、守って、走ってと精度の高いプレーはできなくなるかもしれないけど、それでも和気あいあいできるのが魅力です。 石井  みなさんと同じように地元の人との交流ができることは楽しいですし、朝、試合をやってから出社するのは一日の始まりとしていいですね。 小清水  仕事にも気合が入りますね。普段は朝、寝覚めが良くないんですけど、早起きの日は早く起きれます。 菊池  健康でいられるし、仕事にも活気がでます。シーズン前には決起集会があったり、終わればまた一杯と、それが楽しみという人もいますね。 関  早起きは三文の徳ではないですけど、朝日を浴びて、新鮮な空気の中、体を動かすのは気持ちがいいですよ。ただ、ナイターソフトが重なる日はきついですけど。 須田  人とのつながりができるのも嬉しいですが、朝、いいプレーができて活躍できると、その日一日がハッピーになります。翌週までがんばれそうな気持になります。逆に活躍できないと一日“ブルー”になってしまいます。 小林  自分は野球未経験者なので、まずはルールを覚えようかと思っています。 Q:優勝したチームはその先の大会でも活躍しているようですが 石井  リーグ戦の結果で先に進むのですが、県の大会で優勝したり、全国大会までいったこともありますが、佐久穂町を代表して戦う気持ちは特別です。 Q:野球人口が減り、参加チームも減っているようですが 小池  うちのチームは人が少なくて、なくなってしまう危機にありましたが、二重登録など他チームから選手を融通してもらって、何とか参加できるのはありがたいです。 石井  今、佐久市野沢に住んでいますが、ここでのプレーが楽しみ。自分はここでずっとやってきたので、ずっと続けていきたいです。 菊池  人が少ない中、メンバーには小諸や東御から駆けつけてくれる人もいます。中部横断自動車道が開通したので、だいぶ来やすくなったのでは。地元の子供にも野球に親しんでほしい。昨年からスポ少の低学年の指導に携わらせてもらっています。小2の娘もやっています。佐久穂の野球文化が途切れることなくつながって、このリーグがずっと続いていくことを望んでいます。 ■参加者プロフィール 土屋 潤さん(34歳)  佐久中央小・佐久中 小池 良さん(39歳)  佐久中央小・佐久中 石井裕太さん(34歳)  佐久中央小・佐久中 小清水将志さん(26歳) 八千穂小・八千穂中 菊池俊文さん(35歳)  佐久中央小・佐久中 小林裕太さん(23歳)  佐久中央小・佐久中 関龍一郎さん(42歳)  神奈川県出身 須田隆太さん(24歳)  八千穂小・八千穂中 ※年齢、肩書等は発行時のものです。 佐久穂町早起き野球連盟CM (関 龍一郎さん制作) 

  • われら、さくほ人〈第4号〉 | koumi-sakuho

    われらさくほ人 この地に生まれ、プロとしてこの地で輝く者達の深掘りストーリー! ※この座談会は、さくほ通信1号(2017年)から8号(2020年)の紙面に掲載した内容の再掲で、年齢等は掲載時のままです。 仕事に、子育てに、 ここ(佐久穂)だからいい 第4号(2018年12月発行) 株式会社トモノ 設計部部長 伴野 さゆりさん [佐久佐久西小・佐久中卒 39歳] 「好き」から自然とこの道へ  子どものころから何かを作ることが好きだった。外で基地を作って遊んだり、色んな工作を楽しんだ。内装の仕事をしていた父の影響から家の間取り図などに興味を持ち、自然な流れで住居設計やデザインを学ぶ大学へ進学した。卒業後はハウスメーカーに5年間勤務。「株式会社トモノ」の代表取締役である伴野健治さんとは26歳のときに結婚。祖父から続く鉄工所から健治さんと住宅部を立ち上げた。現在は、二級建築士、インテリアコーディネーター、福祉環境コーディネーター二級などの資格を持つ住宅設計部長として、「株式会社トモノ」を支えている。  「結婚・出産を機に、家事のしやすさや動線、収納など、説得力を持って設計、デザインの仕事に関われるようになりました。女性目線を生かし、お客様との絆を大事にしながら、快適な家づくりのお役にたちたいです」とさゆりさん。 ただ今、奮闘中  現在は小6、小4、小2と、3人兄弟のお母さん。子どもが小さいころは、町の子育てランドでママ友と情報交換をしたり、茂来館や元気が出る公園など、子どもがのびのびと遊べる環境が多くとても助かりました。みんなさゆりさんに似て工作好き。休みなく忙しいお母さんに代わって、お風呂掃除、お米とぎ、料理などの手伝いをしてくれる優しい息子たちに成長している。  少年野球チームに所属する3人のために、休日のお弁当、夜の洗濯は必須。なるべく都合をつけ、試合の応援に駆け付ける。「賑やかすぎる毎日なので、子どもたちが眠った9時過ぎに、静かにお茶を飲んでおやつを食べる時間が至福です」とさゆりさん。  これからの夢や目標をたずねると「山とか庭園とか落ち着ける静かな場所で、何も考えずゆっくりしたいかな」と、母として日々子育てに奮闘する姿をにじませた。 女性目線を生かし、こだわりの家づくり  これまで「トモノフェス」といった感謝祭やワークショップを開催し、お客さん、OB、地域とのつながりを大切にしている。“女性設計士と直接話せる家づくり”を強みに、きめ細やかなプランを提案。「高断熱高気密などの基本性能にこだわり、設計施工に妥協はしません。そこに「お客様の要望や好きなデザインなどの愛着を取り入れ、バランスの良い家づくりを考えています」。  地域に愛され、長く信頼される会社を目指し、今日もお客さんと真摯に向き合っている。 佐久平にある「トモノデザイナーズマーケット」で打ち合わせをするさゆりさんとご主人の健治さん[佐久中央小・佐久中卒 37歳] ※年齢、肩書等は発行時のものです。

  • さくほ人座談会〈第2号〉 | koumi-sakuho

    さくほを語ろう さくほ子育てママたちの、ランチ同窓会♪ 第4号(2017年12月発行) まちのごはん屋さん キッチンえみゅーにて  左から/井出和季子さん、倉澤麻美さん、星野成美さん Q:佐久穂町(旧八千穂村)出身のみなさんですが、お気に入りの場所は? 星野  のどかな田んぼ道が好きです。車も少なく、おじいちゃんおばあちゃんが声をかけてくれるので、散歩がとても楽しいです。 倉澤  佐久穂の自然が好きです。特に、秋の八千穂高原は本当にきれいですね。 井出  八千穂小学校の向かい側の堤防の道が好きです。桜が咲く季節はとてもきれいな場所です。 Q:おいしいと思うものは? 全員  プルーンがおいしい。(シーズンは)毎日食べてます。子どもたちも大好きで食べまくっています。リンゴも野菜も、佐久穂産はおいしいです。 星野  水道をひねればおいしい水がでてくるのは佐久穂では当たり前ですが、県外に住んでいた学生時代、水を飲もうという気になりませんでした。おいしさも冷たさもぜんぜん違いますね。 Q:子育てについてどう思う? 井出 保育料が2人目は半額、3人目無料は助かります。 星野 出産祝金もありがたかったです。 井出 2人目までは5万円、3人目は10万円いただきました。 倉澤 児童館があるので安心です。小中一貫校ができたこともよかった。学校体験で行ったとき、中学生のおにいちゃんがとても優しくしてくれました。きれいな校舎なので、通わせるのが楽しみです。 Q:佐久穂町にあるといいな、と思うものは? 全員 子どものちょっとしたオモチャや小物、肌着や靴下を売っているお店があるといいな、と思います。佐久平や岩村田方面まで買い物に行かないと、なかなか必要な物が揃いません。 Q:変わらないでほしいことと、今後の要望は? 倉澤 佐久穂の自然はずっと変わらず残してほしいです。高速道路ができて景観が変わってしまったのは少し切なかったですね。 星野 町に明るさがほしいです。街頭がない場所は夜道が少し怖いですね。 井出 子どもの防犯に力を入れてください。小学校が遠くなってしまったので、登下校が心配です。 全員 旧八千穂村に小学校、中学校がなくなり、八千穂感が薄くなっていくことは寂しいです。旧八千穂にも、元気な子どもたちの声を残していきたいです。これまで通り、子育て制度はなくさないでください。 Q では最後に、佐久穂町の魅力をひとことどうぞ 星野 家を建てたときに知り合いがいなくて不安でしたが、「来てくれてありがとう」とみんなが優しく迎え入れてくれた。佐久穂は、子どもを温かく迎えいれてくれる場所。それを多くの人に知ってほしい。 倉澤 保健師さん主催の「子育てランド」や、「あそびの広場」、午前中の児童館など、小さな子どもを連れて行かれる場所がたくさんある。それがとてもありがたい。 井出 自然が豊かで、子どもと一緒にお散歩するのが気持ちいい。子育ての悩みなど保健師さんが相談に乗ってくれるので、安心して子育てを楽しめます。 生まれ育った場所で、安心して生き生きと子育てを楽しんでいる星野さん、倉澤さん、井出さん。佐久穂町の人の温かさ、自然の豊かさ、地元愛などが伝わってきました。 ■参加者プロフィール 3人とも八千穂小・八千穂中卒 星野成美さん  (旧姓/内藤)30歳  倉澤麻美さん  (旧姓/依田)32歳 井出和希子さん (旧姓/須田)31歳 ※年齢は発行時のものです。

  • Interview 03 | koumi-sakuho

    People 社員インタビュー Interview 03 マーケティングを極めて、いつか自分の事業を立ち上げたい。 中途入社 | マーケティングプランナー 入社した理由 テキストの例です。ここをクリックして「テキストを編集」を選択するか、ここをダブルクリックしてテキストを編集してください。文字の色やフォントを変更することもできます。 職場の雰囲気について テキストの例です。ここをクリックして「テキストを編集」を選択するか、ここをダブルクリックしてテキストを編集してください。文字の色やフォントを変更することもできます。 アカウントプランナーの業務内容 テキストの例です。ここをクリックして「テキストを編集」を選択するか、ここをダブルクリックしてテキストを編集してください。文字の色やフォントを変更することもできます。 自分の描く将来のビジョン テキストの例です。ここをクリックして「テキストを編集」を選択するか、ここをダブルクリックしてテキストを編集してください。文字の色やフォントを変更することもできます。 一日のスケジュール 9:30 始業 10:00 メールチェック 11:00 プロジェクトメンバーとのミーティング 12:00 ランチ 13:00 先輩と面談 14:00 クライアント訪問 16:00 クライアントレポートの作成 19:00 振り返り・明日の準備・退社 退社後 同期と食事

  • Entry Marketing Director | koumi-sakuho

    Entry マーケティングディレクター Job Description テキストの例です。ここをクリックし、「テキストを編集」を選択して編集してください。ホームページを紹介したり、自己紹介テキストを入力しましょう。 業務内容 データ活用のための企画・基盤構築 データドリブンな意思決定や課題解決、クライアントとの折衝 マーケティング分析・ビッグデータ分析より戦略の立案、アクションプラン策定 コンテンツの反響分析 ソーシャル分析、リスティング分析、LPO、A/Bテスト チームの管理、及びマネジメント など 必須スキル ディレクションの実務経験 マーケティング分析経験 Google Analyticsの実務経験 ビッグデータ分析経験 求める人物像 大きな裁量を持って仕事がしたい方 数字を作ることにやりがいを感じられる方 変化の激しい環境のなかで挑戦したい方 主観に頼らず物事をロジカルに考え、最速で動ける方 どんな変化も前向きにとらえ、常にチャレンジしていきたい方 募集要項 雇用形態 正社員 勤務地 株式会社 X Factor本社 東京都新宿区西新宿 0-0-0 勤務時間 10:00~19:00(労働時間:8時間、休憩時間:1時間) 給与 月給30万円~(固定残業代含む) 昇給 年2回(4月、10月) 賞与 年2回(6月、2月) 休日休暇 完全週休2日制(土日) 祝祭日 年末年始休暇(5日) 夏季休暇(5日) 有給休暇(初年度10日) 慶弔休暇 産前産後休暇 待遇・福利厚生・社内制度 各種社会保険(雇用・労災・健康・厚生年金) 確定拠出年金 メンター制度 各種資格取得支援制度 新任管理職研修 Entry Form エントリー テキストの例です。ここをクリックして「テキストを編集」を選択するか、ここをダブルクリックしてテキストを編集してください。文字の色やフォントなど、テキストのスタイルを変更することもできます。ホームページを紹介したり、自己紹介テキストを入力しましょう。 名前 生まれた年 生年月日 * required 性別 * 男性 女性 未回答 電話番号 メールアドレス 郵便番号 住所 志望動機 ご質問・メッセージ 個人情報保護方針に同意する。 個人情報保護方針はこちら エントリーする 提出していただきありがとうございます!

  • 株式会社 浅川製作所 | koumi-sakuho

    ★ 車の部品からモデルガンまで、 精密な製品づくりを支える技術と多世代の協力体制 株式会社 浅川製作所  創業から70年、佐久穂町に工場がつくられて50年以上の歴史を持つ浅川製作所は、時代の変化に柔軟に対応しながら成長を続けてきた金属加工の会社です。休日を増やしながらも生産性を高め、10代から70代まで各世代が協力して働く体制づくりで、ものづくりの面白さと、働きやすい環境の両立を目指す浅川製作所。そこで働く人たちは、この会社をどう見ているのでしょうか。以下の方々にお話を伺いました。 ・佐久工場 工場長  伊藤貴史さん ・営業・生産統括部長 吉沢考訓さん ・佐久工場 顧問 吉沢忠久さん ・総務課長 永野克之さん 精巧な宝石箱の製造から車の部品、デフリンピックのメダルまで──時代とともに変化する製品づくり  浅川製作所は、佐久穂町大日向出身の浅川和英氏が1951年に創業した会社です。アンチモニーという合金素材による、精巧で美しい宝石箱の製造・販売を始めたのが始まりです。当初は東京都墨田区を本拠地としていましたが、やがて浅川氏の地元に工場を建て、佐久穂町から全国へと商品が出荷されるようになりました。 アンチモニー製の宝石箱と、細かい彫刻が施された金型  宝石箱の他にも一輪挿しや燭台、貯金箱などの美術工芸品が人気となり、結婚式の引出物としてよく売れたほか、ヨーロッパやアメリカにも輸出されました。浅川氏の甥にあたる吉沢忠久さんによれば、吉沢さんの父やほかの兄弟も、「農業をやっているよりもよほど儲かる」と一緒に仕事をするようになったそうです。 オリジナルデザインの一輪挿しは年間500万個売れた  しかし1970年代のオイルショック以降、だんだんと美術工芸品が売れなくなります。そこで、車の部品やドアの取っ手など様々な金属製品の製造へと仕事の幅を広げていきました。今では、車、化粧品、医療品、エンターテインメントなど様々な業界にまたがる35ほどの取引先があり、各種部品からおもちゃ、モデルガンまで多岐にわたる製品を製造しています。 各種大会のメダルやトロフィーも多く作っており、最近では「東京2025デフリンピック」のメダルも製造した  現在の浅川製作所は、アルミや亜鉛を溶かし、精密な金型に注入してすばやく成形するダイカスト(Die Casting)という製法をとっています。この方法で亜鉛を鋳造できる会社は今では希少で、新たな取引先からの問い合わせも入ってくるといいます。  「例えば化粧品の容器なんかは、女性が持つには軽い方がいいということで、時代とともにプラスチック製品に変わっていきました。そうなると、逆に重みがある方が高級感があるということで、プレゼントに選ばれるような高級なコンパクトをうちで作っていたりするんです」(吉沢忠久さん) 吉沢忠久さん 数字のかすれまで再現 ──顧客とユーザーの期待に応えるものづくりの面白さ  営業・生産統括部長の吉沢考訓さんは、お客さんの要望を聞き、それをどのように実現するのかを考え、製品を作り込んでいきます。その結果、金属を始めとする素材が具体的な形になっていくところが、他の仕事では味わえない面白さだと語ります。 吉沢考訓さん  「例えばモデルガンの場合、製品設計はお客さんの方でされますが、それを元に金型に落とし込んだり仕上げをしたりする段階でどれだけ実物に近づけられるかが、難しくもあり工夫のしがいもあるところです。  本物の銃は手作業で数字が刻印されていて、数字の並びが微妙にズレたりかすれたりしているんです。そうした細部を、あえて金型で再現しています。そんなこだわりに気づいたユーザーさんが展示会やSNSで褒めてくださったりして、とても嬉しいですね」(吉沢考訓さん)  2026年1月1日に工場長に就任した伊藤さんは、30代前半だった11年前に佐久市にUターンし、景色のきれいな佐久穂町で働きたいと中途入社しました。当時を振り返り、未経験者にも様々な挑戦の機会を与えてくれるのが、この会社の良いところだと語ります。 伊藤さん  「最初はパートで簡単な作業から始めましたが、入社して3週間くらい経つと、もう少し難しい工程をやってみないかと言われました。現場の責任者の方が『日曜日だったらゆっくり教えてあげられるから、よかったら来いよ』と言ってくださって。そうやってチャレンジの機会をたくさんもらえることは、大きなやりがいにつながりました」(伊藤さん)  人材採用や育成に関わる永野さんは伊藤さんについて、「いろいろなことに関心をもち、自分にできることを増やしていくという姿勢が、今の立場につながっている」と評します。他の社員に関しても、与えられた仕事を着実に自分のものにしていける人はきちんと評価されており、それが社員のやりがいを高めることにつながっている、と会社としての認識も示しました。 永野さん 10代から70代まで、各世代が働きたいと思える理由  浅川製作所では、60代、70代になっても働き続ける意欲がある人は雇用を継続しています。その一方で地元の若手の採用にも力を入れ、小海高校、小諸養護学校、野沢南高校などからの新卒入社が少しずつ増えています。その結果、10代から70代までの各年代がバランスよく所属し、ベテラン社員が若い社員に技術を継承しています。  地方の製造業で新卒採用を続けていくのは簡単なことではありません。しかし浅川製作所の場合は、地元で働きたい、ものづくりの仕事をしたいという若者が「ここならがんばっていけそう」と感じるいくつかの要素があるようです。  そのひとつが社内の雰囲気で、「職場見学に行ったら社員の皆さんが明るく挨拶をしてくれたのが印象的だった」という声が聞かれます。また、残業が少なく有給休暇も取りやすいなど、時代に合った働き方へと変化してきている点も大きな魅力のようです。  勤務体系は週休2日で、以前は祝日が出勤日でしたが、最近は月曜日が祝日の場合は会社も休みとするなど、年間休日数も徐々に増やしています。 休日が増え、生産性も若手の意識も向上 大きな機械から次々と鋳造品が流れ出てくる  休日を増やす取り組みは、社員の余暇を増やすだけでなく、仕事の効率が上がるという効果もありました。 「年初には社長から年間の利益目標を示し、『これをクリアできれば賞与をこれくらい出します。今年は3日休みを増やすけれども、なんとか目標を達成できるようにやっていこう』と伝えています。それによって、どうやって効率よく仕事をするかをみんなが考えるようになったんだと思います。例えば、不良品を作ってしまえばやり直しのために残業が発生しますから、それをいかに防ぐか。そういったことを積み重ねていくことで生産性が上がってきています。休みを増やしたことは、社員だけでなく会社のためにもなっているんです」(吉沢忠久さん) 互いに協力しあって生産性を上げよう、と意識されるようになったことから、若手の社員にも変化が生まれています。 「有給休暇を取るのは当然の権利ですし、みんなそれぞれの必要に応じて休んでいますが、最近は若いメンバーたちから『このタイミングで有給を取って大丈夫ですかね?』と相談してくれるようになりました。50人くらいのメンバーがお互いにカバーし合いながら働いている工場なので、そういう視点を持てるというのはすごく大事なことだと思います。若い人たちの間にそういう芽が出てきたことで、この会社はもっと伸びていけるんじゃないかと感じています」(伊藤さん) 元気に働ければ、自分に合う持ち場が見つかる この会社で働くのに向いているのはどんな人?と聞いたところ、「全くの未経験で構わないが、手先が器用な人や細かい仕事が苦にならない人」という声が挙がりましたが、「元気に働ければ、大丈夫」という意見も。いろいろな部署があるので、いろいろと試す中でその人に合う仕事を見極めて配置することができる、ということでした。 なお、浅川製作所の社員の40%弱は女性で、週に1度、女性の管理職が集まって話し合い、そこから会社に対する提案や要望を出すという活動が行われています。現状は加工や検査などを担当する女性が多いものの、職種に男女の別はなく、やりたい人がいれば大きな機械を動かす仕事もぜひやってほしいとのことです。 文:やつづかえり 株式会社浅川製作所ウェブサイト

  • 株式会社Vitalize | koumi-sakuho

    ★ メンバーが楽しく幸せな会社で日本の地方を元気に! 株式会社Vitalize 長野県は東信地域の小さな町である小海町に、元気な若手が集まる会社があります。東京に本社がある株式会社Vitalize(ヴァイタライズ)の小海支社です。IT企業でありながら地域の活性化のためにできることを日々模索し、イワナ、ニジマス、チョウザメの養殖といったITとは畑違いの事業にも果敢に取り組む姿が注目を集めています。 そんなユニークなVitalizeはどんな会社なのか? なぜ小海町に支社ができ、そこに元気な若手が集まるのか? 湧き上がる疑問を解明すべく、代表取締役COO(最高執行責任者)兼小海支社長の濱野史明さんと、名古屋から移住し入社した廣田朋也さんにお話を伺いました。 みんなのために、何でも頑張る会社  自分たちは何の会社だと認識していますか? ——そんな問いに対する廣田さんの答えは、「みんなのために、何でも頑張るIT企業」というものでした。稼ぎのほとんどはシステム開発によるものなので、軸はIT。でも、自分たちだけ儲かれば良いのではなく、社会の問題に対してできることを何でもやっていく、そんな会社なのだと説明してくれました。  廣田さんの言葉に頷きつつ、濱野さんは「地方に来てみて、ITで直接解決できる社会問題ってそんなにないと気づいた」と語ります。 「後継者不足であったり、公共交通機関の不足であったり、この南佐久地域にも少子高齢化の影響による問題が山ほどあります。その中にはIT以外で解決すべき課題がめちゃくちゃ多くて、それを放っておいたら地域は衰退していってしまう。衰退を食い止めるために僕らがひとつでもできることがあったらいいし、僕らがそうやって動く姿を見て、『なんか、この地域いいかも』と思ってもらえたらいい、というのが自分たちの考え方です。だから、廣田が言った『みんなのために、何でも頑張る』というのは、本当にその通りですね」(濱野さん) 左から廣田さん、濱野さん  Vitalizeを創業した道畑健輔さんは、「本気で日本を良くしたい。世の中にインパクトを与えられる集団を作りたい」という思いで起業したと語っており、「日本を活性化する」という会社のミッションにも、「活力を与える・活性化する」という意味を持つ社名にも、その思いがこめられています(参考:株式会社Vitalize ブログ「祝!100名達成!~社長と創業メンバーに振り返ってもらった!Vitalizeのこれまでとこれから~ 」)。  他のIT企業でも、「社会を良くする」といった理念を掲げる会社は少なくありません。しかし、それはあくまで「ITを通じて社会を良くする」という意味でしょう。Vitalizeの場合、ITが得意だけれど、それはひとつの手段でしかない。ITにこだわらずにできることをやっていこうという姿勢が非常にユニークです。 その地域にめちゃくちゃ思い入れのある人が支社長に  Vitalizeは日本の各地に支社を増やしてそれぞれの地域を元気にしていこうという方針で、現在は東京本社の他に7つの支社と2つの支店があります。  濱野さんによると、各支社長を務めるのは「その地域にめちゃくちゃ思い入れのある人」。そういう人であれば、途中で投げ出してその地域を撤退するようなことはないと見込んでのことだそうです。  もちろん濱野さんも、強い思いがあって小海支社を立ち上げました。  前職の大手小売業の会社に勤めているときに佐久市の店舗に配属された濱野さんは、長野県の人たちの優しさと青い空、山々の景色の美しさに感動し、長野県の中でも特に東信地域に愛着をもちました。そして、いつかはここに住みたいという希望を叶えるべく、「ITエンジニアならどこにいてもリモートワークで働ける」と独学で勉強し、転職先を探したのです。  しかし、ずっとシステム開発だけをやる仕事には興味を持てません。なかなか良いと思える会社に巡り会えないまま、東京で行われるエンジニアの交流会などに顔を出しては「こういうことをやりたい」という話をして回りました。すると、ある人が「Vitalizeっていう会社が合いそうだ」と教えてくれたのでした。  Vitalizeなら良さそうだと感じた濱野さんは早速求人に応募し、採用面接の段階から「長野に支社をつくりたい」とアピールをしたそうです。 「ITのスキルについては、大体のスキルレベルが分かるような成果物を持っていったのでそれでOKという感じで、残りの時間は地域の社会問題を解決するにはどうしたらいいかについて、ひたすら喋っていました(笑)」(濱野さん)  熱い思いを伝えてめでたく採用された濱野さんは、入社して2ヶ月くらい経つとさっそく支社を立ち上げる場所を探し始めました。佐久市と周辺の市町村の行政に訪問し、「企業誘致をしていませんか?」と聞いて回ったのです。 「その中で一番、役場の担当者の方と馬が合うと感じたのが小海町でした。立科町の方にも同じように魅力を感じたのですが、すでにIT系の企業向けのワーケーションのプランなんかにも力を入れていて、今から僕らが行ってもな……という感じもあったんです。一方、小海町はまだまだ未着手で、僕にとってはそれが良かったんです。フィールドとしてこっちの方が楽しそうだ、と思いました」(濱野さん)  こうして2020年3月、人口約4,000人の高原の町にVitalizeの新たな支社ができることになったのでした。 小海駅からほど近いショッピングセンター嶋屋とヤマザキデイリーストアの2階に小海支社のオフィスがある 養殖がおしゃべりの輪に入るきっかけに  小海支社の設立から5年近く経った今、濱野さんは小海町について「良くも悪くもとても人間臭い町で、僕はそこがすごく面白いし、大好きです」と語ります。  「人間臭い」というのはつまり、人と人との距離がとても近いということ。 「僕の実家がある大阪と比べてもご近所づきあいの深さが全然違います。会えば必ず挨拶しますし、僕が相手の名前を知らなくても、相手は僕のことを知っているケースがすごく多いんですよ。みんなの距離が近いし、皆さんいつもおしゃべりしているんですよね。例えば地区の集会所の掃除があるときなんかも、掃除が終わったら必ず井戸端会議が始まります。新しく来た僕のことなんかは瞬く間に伝わっていくんでしょうね。それが面白いなと」(濱野さん)  最初は一方的に噂される存在だった濱野さんやVitalizeの皆さんですが、しばらく経つと自分たちもおしゃべりの仲間に入れるようになりました。それには「養殖をやっている人たち」と認識されたことが大きかったそうです。 「このあたりの会社は土木、建設、製造業なんかが多くて、IT企業というのが何をやっているか良くわからないんだと思います。でも、養殖ならイメージしやすいみたいで。『最近、魚はどう?』みたいな感じで話しかけてもらえるようになりました」(濱野さん) チョウザメの養殖を見学に来た南相木小学校の1年生たち 3年で判断できない地域の仕事  小海支社のアイデンティティともなっている養殖の事業は、支社立ち上げからわずか2〜3ヶ月で始まりました。 「当時、海で魚を養殖することによる海洋汚染が社会問題になっていて、陸上での養殖が注目されていたんですよ。僕は、小海なら山が近いし湧き水で養殖ができるんじゃないかと思って、『湧き水ありますか?』って役場に聞いてみたんです。そうしたら湧き水だけじゃなくて生け簀もあると。『ぜひ見せてください』と行ってみたら、長年使われていない養殖場があったんです。すぐに養殖を始めることになりました」(濱野さん)  立ち上げはとてもスピーディだった養殖事業ですが、結果が出るまでには時間がかかります。この地域の環境ではイワナが育つのに1年半、チョウザメだと10年ほどかかるそう。  幸いイワナは出荷できるまでに育ち、2023年7月には小海町の直売所「プチマルシェこうみ」で「イワナフライ定食」、「イワナフライカレー」、「イワナ&野菜天ぷら丼」といった新メニューが登場しました。それ以外にもイベントで塩焼きを売ったりしていますが、より販路を拡大しようと苦心しているところです。 「信州小諸ふーどまつり」に小海町のブースのひとつとして出店し、イワナの塩焼きを販売したときの様子  一般的に、新規事業に関しては3年目あたりでの単年度黒字化や、その後の成長見通しなどで継続の可否を判断する会社が多いでしょう。しかし濱野さんは、この地域の活性化を目指す事業はもっと長い目で見る必要を感じています。 「小海での取り組みについては、3年で判断するのは短いと実感しています。地域でこれまでに続いてきたやり方を変えようとするとやっぱり抵抗もありますし、僕らがこの地域で信頼を得るのにも時間がかかります。養殖もそれ以外の取り組みも、3年くらいやってやっと芽が出てきているような状況で、バリューを発揮するにはもっと時間がかかるでしょう。だから、この事業を続けるべきかどうかという評価をするには、倍くらいの時間が必要だと思うんです」(濱野さん) やりきる覚悟があれば一度はやってみる  養殖が事業として成功するかどうかはまだ分からないものの、濱野さんや支社の皆さんはすでにたくさんのものを得ているようです。 「やってみると、すごく面白いんですよね。その面白さって色々あるんですけど、一番は自分の価値観が変わったことです。特に食に対する気持ちの変化が大きいです。スーパーで売られている野菜なんかを見ても、ものすごく感謝の気持ちが湧くんですよ。今なんかキャベツの値段がものすごく上がってますけど、そういうのを見ても『そうだよね』と思えるようになって。自分の視野が広がってすごく良い人生を送れているな、と思っています」(濱野さん)  小海支社が地域貢献のために手掛けていることは、今のところ主に3つです。ひとつは養殖で、もうひとつが地元の小海小学校でのプログラミング授業のサポート。2020年度から小学校でプログラミングの授業が必修になり1人1台のPCも配布されていますが、教員のスキル不足もあってあまり活用されていない状況がありました。それを知った1人の社員の発案で、小海支社のメンバーが小学生に教えたり、先生にそのノウハウを伝えたりしているのです。  もうひとつは「南佐久みらい会議」です。これは地域のために活動している様々な人たちを集め、自分たちの未来を自分たちで切り拓いていく機運をつくっていくためのイベント。小海支社と地域の有識者が共同で企画運営しています。  この他にも、地域の人たちから「こんなことを考えているんだけど、どう思う?」とか「ちょっと相談に乗ってほしい」といった声がかかり、地域を良くしていきたい人たちに頼られる機会が増えてきています。  地域と交わる機会が増えれば、小海支社のメンバーが新たな事業のタネを見つけてくることも増えるでしょう。濱野さんは「本人にやりきる覚悟があれば、一度はやってみる。トライアンドエラーが大事。踏み出してみると他に着想が広がることだってあり得るので、100万円程度の損失であれば、失敗しても全然オッケーです」と請け合いました。 相談できる人間関係が入社の決め手に  立ち上げ時は濱野さんも含めて5人だった小海支社ですが、取材時点では9人、3月には10人のチームになります。この地域で暮らしたいという希望を叶えながら働ける場所としてVitalizeを選んだ人もいれば、小海支社が取り組んでいることやチームの雰囲気に魅力を感じて入社する人もいるそうです。  小海支社に限らずVitalizeには異業種からの転職者が多く、社員のスキルも多種多様。濱野さんは「何か知りたいことや問題があったとき、社内のSlackに呼びかければ大体誰かが解決できる」と笑います。  廣田さんも異業種からの転職組です。以前は名古屋で高校の英語の教員をしていましたが、まだ1〜2年目の慣れない時期に山のようなタスクをこなそうとした結果、調子を崩して休職。その間に次のキャリアを考えてプログラミングスクールに通い、そこでVitalizeを紹介されたことが入社のきっかけになりました。  Vitalizeを選んだ一番の理由について、廣田さんは「人間関係の良さ」を挙げました。 「実は、自分が休職することになったのは、職場で相談ができなかったからなんですよね。言っても変わらないだろうと、諦めちゃっていたんです。ですから、次に就職するときは人間関係でストレスのない会社であることが絶対の条件でした。Vitalizeはとにかく人間関係が良い、ちょっと言いづらいことでも話せるし、困ったら相談できると、同じプログラミングスクール出身の先輩からも採用担当の方からも聞いて、すごく良さそうだと思いました」(廣田さん)  名古屋から移住し、Vitalizeに入社して1年半ほど経ちますが、廣田さんは仕事も生活もとても楽しんでいるようです。もうすぐ婚約者も合流し、小海町に隣接する北相木村で新生活を始めるのだと、幸せそうな笑顔を見せてくれました。 相互理解と公私混同のコミュニケーションを積極的に  人が会社を辞める理由として、多くの調査でランキング上位に入るのが「人間関係」です。しかしVitalizeでは、小海支社を筆頭に全社的に人間関係が良いのだそう。その秘訣は何でしょうか?  この問いに対し、濱野さんはVitalizeの行動指針を挙げました。 「“率先垂範”と“利他貢献”という行動指針があって、それを採用の段階でも結構見ています。率先垂範の方は、誰よりも先に手を挙げて行動するといった意味ですが、これは『できるようになろうね』という目標であって、人によってそのレベルは色々です。でも、利他貢献に関しては必ずその姿勢がある人を採用するようにしているんです」  濱野さんによれば、利他貢献を実現する一番のベースは『他人を知りにいく』こと。仕事を円滑にするためにも相互理解が必要なので、コミュニケーションを取って互いを知ることの大切さは社内でも折りに触れ伝えられているといいます。  さらにVitalizeを特徴づけるのは、「公私混同のコミュニケーション」です。お互いにプライベートなこともどんどん話すし、Slack上でも投稿するのだそう。Slackは小海支社だけでなく120人以上いる全社員が見られるので、全く違う支社のメンバーもそれにコメントをしたりとかなり盛り上がっているのだとか。  このように、普段からなんでもオープンにできる関係性づくりと、もともと他者に対して貢献したいという気持ちのある人たちが集まっていることが相まって、困ったときには躊躇せず相談できる職場が実現しているのでしょう。 色々なことを柔軟に楽しめる人に来てほしい  採用の際、率先垂範と利他貢献の姿勢の他にはどんなことを重視しているのでしょうか。 「ITスキルは後からでも付けられるので、素直さが重要ですね。人からのフィードバックを素直に受け止められる方が成長できますから。また、小海支社ということでいうと、なかなか辺鄙(へんぴ)な場所ではあるので、ここに馴染めそうかどうかという視点で色々見ています。その中でも一番大きいのは、既存のメンバーと馴染むかということですね。その人がこのオフィスにいる様子がイメージできたら、ほぼ内定です(笑)」(濱野さん)  馴染めそうな人の例として、濱野さんは色々なことを柔軟に楽しめる人を挙げました。 「実はこのインタビューが始まる直前まで、みんなで魚を捌いてました。明後日のイベントでイワナの塩焼きを売るので、その準備なんですけど。PCに向かって業務をしていても、今からやるか! と楽しく魚を捌いたりできる、具体的に言うとそういう人だったら馴染めると思います。そこで一人でもネガティブな反応をする人がいると、全体が楽しくなくなってしまいますよね。すごく忙しいときなんかは別ですが、基本的にはなんでも楽しんでできる人かどうかを、重視しています」(濱野さん)  なお、小海支社の女性メンバーは今のところひとりです(3月に2人目の女性が入社予定)。しかし、唯一の女性である岡本ひなのさんは、それが気になることは特になく「居心地がいい」と話してくれました。濱野さんも、今のメンバーに馴染めそうで前向きに楽しめそうな人なら、性別にはこだわらないとのことです。 小海町の冬の風物詩「氷上トライアスロン」に出場したひなさんと廣田さん  もうひとつ、濱野さんが採用の際に大事にしているのは、濱野さん自身がその人に愛情を注げるか、ということだそう。  Vitalizeは出勤時間が柔軟で、必要に応じてリモートワークも可能ですが、基本的にはオフィスに出勤してみんなで仕事をすることを重視しています。これについても、メンバーには健やかで幸せでいてほしいという濱野さんの思いがあります。 「リモートワークが増えてメンタルヘルスの問題を抱える人が増えていると思うんです。それは人間というのが本質的には群れる生き物だからじゃないでしょうか。ずっと自宅で仕事だけしていると、陽の光を浴びることもないでしょう。そんな人間らしからぬ過ごし方をしていたら、病むのも当然だと思うんです。メンバーにはそうなってほしくないし、人間関係が充実していれば仕事も人生も楽しくなりますよね」(濱野さん) 「Vitalizeが来る!」とワクワクしてもらえる存在になりたい  出社して仕事をすることを基本としているものの、Vitalizeは全国各地にある他の拠点で仕事をすることも可能です。仕事をしながら旅行を楽しむ”ワーケーション”のような感じで、宮崎支社に3週間くらい滞在する人もいるそうです。  廣田さんは、各地から小海支社を訪れるメンバーがいることで、この地域の良さをより満喫できていると話してくれました。 「この前は和歌山支社のメンバーがこっちに来て、1泊2日で上高地から涸沢(からさわ)まで歩きました。なかなか土日の休みにそこまで行こうとは思わないですが、和歌山からわざわざ来てくれたからこそ行ってみようという話になり、行ってみたら本当に景色が綺麗で良かったです。他にも、来てくれたメンバーと養殖の作業をした後にバーベキューをしたりして、本当に楽しいですよ」(廣田さん)  各支社がそれぞれに地方創生の事業に取り組むことで、経験やノウハウの蓄積も進みます。異なる支社のメンバー同士が交流することには、蓄積された知見が自然に共有されていく効果もあるのでしょう。  濱野さんはこれをVitalizeの強みと捉え、日本の地方におけるVitalizeの存在感を増していきたいという目標を語りました。 「ゆくゆくは、どこかの地域に支社をつくる時に、そこの自治体の方が『Vitalizeがここに来る!』と喜んだりワクワクしてもらえるような存在になりたいんです。そのためにも、各支社で地域を元気にする実績をつくっていきたいですね」(濱野さん)  VitalizeではCOOの濱野さん以外の役員も、東京の本社だけでなく地域の拠点にそれぞれ散らばっているのだそう。各地で地域密着の活動をすることと全社の経営をすること、その両方を同時にやることで新しい発想が生まれてきそうで、今後のVitalizeの動きが楽しみです。  なお、Vitalizeでは頻繁にブログが更新されており、各支社のユニークな活動やメンバーの皆さんの個性や関係性を垣間見ることができます。気になった方はぜひチェックしてみてください。 ・株式会社Vitalize ブログ https://www.vitalize.co.jp/blogs ・株式会社Vitalize 小海支社  https://koumi.vitalize.co.jp/ 文:やつづかえり

  • われら、さくほ人〈第1号〉 | koumi-sakuho

    われらさくほ人 この地に生まれ、プロとしてこの地で輝く者達の深掘りストーリー! ※この座談会は、さくほ通信1号(2017年)から8号(2020年)の紙面に掲載した内容の再掲で、年齢等は掲載時のままです。 酪農と獣医師を両立する 第1号(2017年7月発行) 酪農家・獣医師 笹崎真史さん 〔八千穂小・八千穂中卒 29歳] 納得のいく働き方は自分でみつける  笹崎さんは、酪農家であり、獣医師である。ジャージー牛など100頭を飼育する実家の牧場を継ぎ、佐久地域の牧場で飼育される牛の獣医師として地域を飛び回る。酪農と獣医師、この2つを両立しているのは全国的にも珍しいが、実は父親の善治さんがずっと歩んできた道。笹崎さんにとって、同じ働き方を選ぶことはとても自然だったという。  北海道の大学で獣医学を学び、2年間獣医師として働いた後、27歳のときに佐久穂町に戻ってきた。「自分が年を重ねた時、どんなふうに暮らしているのか想像してみたんです。地元を離れた土地で組織の中で雇われて働くのか。それよりも、親やこれから築く家族がそばにいる環境で、納得のいくは働き方を自分で見つけたいと思った」そんな考えが、佐久穂町へ戻ってくることを決意させた。 2つの専門性を武器に  獣医師の資格を持っていることで、飼育する牛の不調に早く対処できるのはもちろん、人工授精などの繁殖についてもより主体的に働くことができる。地元だからこそ、働き方を模索する余裕も持つことができた。  一方で、牛の獣医師にはシビアな面も。「ペットであれば、少しでも長く生かすことが目的ですが、酪農は違います。病気を治しても出荷できる乳が出なくなれば、生かし続けることはできない。獣医師に求められるのは、経済性の復活です」と笹崎さん。  酪農家も獣医師も不足している今、2つの専門性を身に付けた者としてできることは何か。「相手にしているのは生き物。いつ何があるか分からない。24時間いつでも駆け付けられる獣医師としても、経済を支える酪農家としても、この地域でしっかりやっていきたいですね」(笹崎さん) ※年齢、肩書等は発行時のものです。

  • Entry Analyst | koumi-sakuho

    Entry アナリスト Job Description テキストの例です。ここをクリックして「テキストを編集」を選択するか、ここをダブルクリックしてテキストを編集してください。文字の色やフォントを変更することもできます。 業務内容 データ活用のための企画・基盤構築 データドリブンな意思決定や課題解決、クライアントとの折衝 マーケティング分析・ビッグデータ分析より戦略の立案、アクションプラン策定 コンテンツの反響分析 ソーシャル分析、リスティング分析、LPO、A/Bテスト チームの管理、及びマネジメント など 必須スキル ディレクションの実務経験 マーケティング分析経験 Google Analyticsの実務経験 ビッグデータ分析経験 求める人物像 大きな裁量を持って仕事がしたい方 数字を作ることにやりがいを感じられる方 変化の激しい環境のなかで挑戦したい方 主観に頼らず物事をロジカルに考え、最速で動ける方 どんな変化も前向きにとらえ、常にチャレンジしていきたい方 募集要項 雇用形態 勤務地 正社員 株式会社 X Factor本社 東京都新宿区西新宿 0-0-0 勤務時間 給与 昇給 賞与 休日休暇 10:00~19:00(労働時間:8時間、休憩時間:1時間) 月給30万円~(固定残業代含む) 年2回(4月、10月) 年2回(6月、2月) 完全週休2日制(土日) 祝祭日 年末年始休暇(5日) 夏季休暇(5日) 有給休暇(初年度10日) 慶弔休暇 産前産後休暇 待遇・福利厚生・社内制度 各種社会保険(雇用・労災・健康・厚生年金) 確定拠出年金 メンター制度 各種資格取得支援制度 新任管理職研修 Entry Form エントリー テキストの例です。ここをクリックして「テキストを編集」を選択するか、ここをダブルクリックしてテキストを編集してください。文字の色やフォントなど、テキストのスタイルを変更することもできます。ホームページを紹介したり、自己紹介テキストを入力しましょう。 名前 フリガナ 生年月日 * required 性別 * 男性 女性 未回答 電話番号 メールアドレス 郵便番号 住所 志望動機 ご質問・メッセージ 個人情報保護方針に同意する。 個人情報保護方針はこちら エントリーする 提出していただきありがとうございます!

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