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  • 大栄建設株式会社 | koumi-sakuho

    ★ 多様な役割のチームワークで実現。 一軒一軒が違う家づくりの醍醐味 大栄建設株式会社  JR小海線 八千穂駅前の大栄建設は、1954年の創業以来、町内や東信一帯で新築やリフォーム等を手掛けてきました。家づくりとはどんな仕事か、組織づくりのために行っていることなどを、社長のパートナーで専務取締役の三石ふじ江さんに伺いました。 予定通りにいかず悩んでも、段取りがはまると楽しい   「不思議なことに、新築が多い年、リノベーションが多い年というのがあるんです」とふじ江さん。「ひとつ終われば、またひとつ始まる」という形で、最近は新築の仕事が続いているそう。  家づくりの仕事は、住まい手の家族構成や生活スタイル、家に対する思い、どのような土地に建てるかなどにより、一軒一軒が異なるもの。それが難しい部分でもあり、完成したときの喜びでもあります。  最近はSNSなどでイメージをふくらませ、「こういう家にしたい」とより具体的な希望をもつお客さんも増えています。それを受け止め、プロ目線でアドバイスしながら設計に落とし込んでいくのも大事な仕事です。  「『それは構造的に無理です』とか、『将来的なことを考えたら、こうした方がいいですよ』ということもあって、こちらも譲れないところがあります。それでも『これならできますよ』といったアイデアを出しながら調整していきます」(ふじ江さん) 専務取締役の三石ふじ江さん  昔は設計図を手で描いていましたが、今はPCでできるようになりました。顧客と打ち合わせをしながらその場で設計図を修正し、3D画像でイメージを見せられるなど、ITの力で提案力が格段に上がっています。また、Zoomなどのビデオ会議が普及し、こまめに打ち合わせできるようになったのも、IT化のありがたいところだと感じているそうです。  顧客とのすり合わせを重ね、設計が終わると、いよいよ工事に入ります。しかし、天候の影響などで計画通りに物事が運ばないことも多々あります。  「予定通りにいかなくて悩むことはよくありますよ。でも、あれこれ考えて段取りをとるうちに、それがスポッとはまって好転していくことがあって。そういうときに、嬉しさを感じますね。  解決のコツは、先延ばしにしないで動くことです。『これがダメだったら、こう』と次々に動いていく。自分たちが動かないと相手も動かないですからね。お客様に対しても業者さんに対しても、『このままではまずいです』というこちらの思いが伝わると、あちらも動いてくれて、なんとか間に合ったね、ということがよくあります」 住宅だけでなく店舗の建設もあり、取材時は地元「八千穂漁業」の、加工場兼直売所の新築工事が大詰めを迎えているところでした。 お客さんとしての関係から社員になる人も  会社のメンバーは社長とふじ江さんを含めて10人。そのうち現場に出るのは主に3人で、左官職人が左官だけでなく基礎工事もやるなど、それぞれが幅広い役割をこなします。いつもお願いする社外の大工さんや専門業者さんとも連携を取り、同時に複数の現場をチームワークで進めていきます。  「最近はITツールで現場の状況を共有できるようになって、『今ここまで進んでいるから、そろそろ現場に入れるね』といったやり取りが、社外の業者さんともスムーズにできるようになりました」(ふじ江さん)  10人の男女比はちょうど半々で、30代が3人、50代が3人、60代が4人。新卒や若手も募集していますが、なかなか採用と定着が難しいという課題を抱えています。  試しに大手就職サイトに求人を出してみたこともありますが、面接を直前にキャンセルされたりしてうまくいかなかったとのこと。一方で、最初は新築やリフォームのお客さんだったところから、社長にスカウトされて、あるいは「ここで働きたいです」という希望を伝えて社員になった人もいます。  顧客や地域との関係性を大事にする会社だからこそ、お客さんとして触れる機会があると会社の魅力が伝わりやすいのかもしれません。  これまでのお客さんには3ヶ月に一回、社員の近況、家づくりやメンテナンスに役立つ情報などを掲載した情報誌を届けるほか、毎年1月には餅つきをして交流の場としています。以前は太鼓の演奏グループや高校の吹奏楽部、オカリナの演奏家を招くなどもっと大規模に開催していましたが、コロナ禍でいったん中断しました。その後、餅つきだけでも、と復活させて今に至ります。 訪れた人にお餅を振る舞うほか、子ども向けには輪投げなどのお楽しみコーナーも準備  新たな試みとしては、お客さんや地域の人が家具づくりに挑戦できる工房を開く構想があります。そのため、現社屋の隣にある以前の事務所の片付けを進めているところです。  「家を建てるお施主様がDIYで家具を作ったり、子どもたちが自分の勉強机を作ったり、そんなことをサポートできる場所にしたいと考えているんです。ここで家具を作った子が建築に興味をもったり、将来の選択肢を広げるきっかけにもなればいいですね」(ふじ江さん) 歴史ある建物を改修し「みんなの顔が見える職場」が実現  10年前に移転した現在の社屋は、一見すると旅館か商店のような立派な建物です。元々この地域で長い歴史を持つ、佐久通運株式会社の営業所だったものを譲り受け、10年前に大規模な改修を経て今の姿になりました。  それ以前の社屋は小さな2階建ての建物で、社長や管理部門のメンバーがいる執務室が2階、現場スタッフの休憩室が1階にありました。現場から戻ってきたスタッフと話そうと社長が1階に降りると、もう誰もいない……といったことがよくあったそうです。  今の建物は1階がショールームで、2階が事務所です。現場スタッフが帰ってくると、「お疲れさま、どうだった?」という会話が自然に交わされるようになりました。「みんなが同じフロアで仕事できるようにしたいというのが昔からの希望だったので、本当に良かった」とふじ江さん。2階からは南に八ヶ岳、北に浅間山が見え、八千穂駅に出入りする列車の様子も分かり、時間や季節の流れを感じられるところも気に入っているそうです。 ワンフロアになってコミュニケーションがしやすくなった事務所。座る場所によって異なる景色が楽しめる 恒例のカレンダー配布を見直しーー対話が生んだ変化 上下関係が厳しいイメージがある建築や職人の世界ですが、若い人を育てていくには昔ながらのやり方では通用しません。社長やベテランの職人も考えながらコミュニケーションをとっており、時には社員と社長との間をふじ江さんが仲介することもあります  ふじ江さん自身は、結婚後しばらくしてから他の仕事を辞めて大栄建設に入り、経理や営業などを担当してきました。自分自身が試行錯誤をしながらやってきたので「これが正解」と押し付けることはなく、最近入った社員にもどんどん改善してもらいたいと考えています。  「ペーパーレスにした方がいいとか、会議のやり方を変えたいとか、みんなの意見やアイデアを少しずつ取り入れていっています。  最近大きく変えたのは、年末に500件近くのお客さんを回ってお届けしていたカレンダーを、希望制にしたことです。若い人から『年末が忙しくて大変だから、カレンダー配布を見直しましょうよ』と言われたのがきっかけです。  『なんとか届けなきゃ』と思ってやっていたけれど、確かに大変だったし、お客様の方から要らないよ、と連絡をくださる方もいたんですよね。だから『分かった。来年からどうしたらいいか、みんなで考えよう』という話をして、これからもカレンダーが欲しいかどうかを往復はがきでお尋ねすることになりました。そうしたら3分の2くらいのお客様からお返事をいただいて。カレンダーの要不要だけでなく色々とコメントを書いてくださる方もいて、そこから新しい工事につながったケースもありました。往復はがきのコストはかかりましたけど、それがお客さんとのやり取りのきっかけにもなったし、やって良かったです」(ふじ江さん)  ふじ江さんはこの件で、「自分たちが続けてきたことに縛られていたところもある。いろいろと意見を出してもらうことは大切だ」という思いを新たにしたのでした。 興味があれば足を踏み入れて——多様な役割がある家づくりの仕事 「私たちは後を継ぐ人が決まっているわけではありません。でも、地域での家づくりはずっと必要とされるものです。20年前に建てさせていただいたお客さんから、『子どもが家を建てるから』とお問い合わせをいただくこともあります。だから、どんな形であれ会社を残していきたいですね」(ふじ江さん) ショールームにはこれまで手掛けた住宅の模型がずらりと並ぶ 家づくりを続けていくためにも、若いメンバーに加わってほしいところです。自社に来てほしいのはどんな人? という質問に「家づくりに興味がある人」と答えたふじ江さんは、「大工さんの仕事だけがイメージされるかもしれないけれど、他にも色々あるんですよ」と付け加えました。  「お客さんと打ち合わせをして、内装や照明などのプランを提案をする仕事もあれば、土地選びもあります。それから「積算」(設計図や仕様書に基づき人件費・材料費・工事費など工事原価を算出すること)という仕事も。専用のソフトウェアを使うのですが、数字や数学が好きな人なんかにどんどんやってもらえるとありがたいですね。家づくりって本当に、いろいろな役割があるんです。  でも、若い方は『これが一生の仕事』だなんて決めなくていいんですよ。他にやりたいことができれば辞めてもいいと思います。やってみなければ分からないから、興味があればちょっと足を踏み入れてもらえるといいな、と思います」(ふじ江さん) 文:やつづかえり ・大栄建設株式会社ウェブサイト

  • 嶋屋住設株式会社 | koumi-sakuho

    ★ 地域とともに50年、ぶれない経営の軸と変化の軌跡 嶋屋住設株式会社 佐久穂町で半世紀にわたり、地域の暮らしを支え続けてきた嶋屋住設。水回りの設備工事を中心に、住まいに関する様々な困りごとに応えてきた同社の歴史や社風、今後の展望について、高野英次専務と社員の土屋さんに伺いました。 「ありがとう経営」への転換——お客さんの笑顔が原動力に  2025年に50周年を迎えた嶋屋住設は、1947年に米穀販売で創業した嶋屋義吉商店を源流とし、現社長の高見澤義光さんで3代目です。1960年代に始めたLPガス販売業が成功したことから台所やお風呂などの設備業にも進出、炊飯器やストーブといった家電も扱うなど、同社の発展の歴史は、地域の生活の変遷を映し出しています。 嶋屋住設設立当時、事務所に家電の展示場も併設していた  経営理念として「お役立ちの精神を大切にし、水と住まいで、笑顔と絆をつくります」を掲げる同社は、嶋屋住設を設立した1975年から水と深く関わってきました。一般の顧客とさらに深く関わるようになったのは2000年代初頭、町内で下水道の整備が進んだことがきっかけでした。この頃に入社した高野さんは、各家庭に水洗トイレを設置する工事の注文が次から次に入り、順番待ちになるほどだったと振り返ります。  「当時はスタッフも10人くらいで、本当に大忙しでした。ただ、数年後には水洗トイレの普及が進み、当然のことながら需要が減って、会社の業績も下がり始めました」(高野さん)  黙っていてもお客さんが来る時代が終わると、同社は大手ハウスメーカーから、住宅の新築に伴う設備工事を請け負うようになりました。北は小諸市、軽井沢町から南は川上村あたりまで、営業をしなくても仕事はやってきます。ただし利益は少なく、「このままでいいのか」と方向性を模索する時期でした。  社長の高見澤さんが本格的に経営の勉強を始めたのは、この頃です。経営に関する研修で学んだ「ありがとう経営」という考え方を取り入れ、感謝の生まれる仕事、感謝を伝え合う組織という方向性を、毎朝の朝礼で全員で確認するようになりました。  その後、地域のお客さんから直接依頼されるリフォームの仕事を増やし、下請けから脱却していきました。  「トイレの水洗化がまだ終わっていないお宅はトイレ用の臭突が立っていて、外から見て分かるんです。そういうところに飛び込みで営業しました。また、以前にトイレの設置をしたお客さんが『そろそろキッチンやお風呂も新しくしたい』とお声がけしてくださることも増えてきました。そうやって直接お客さんに提案したり、要望を聞かせてもらったりして仕事をさせてもらうようになると、笑顔で『ありがとう』の言葉をいただけて、私たちも喜びを感じられます。これこそが一番大事なことじゃないかと、経験から学んでいきました」(高野さん) 震災復興支援が教えてくれた「水」の大切さ  お客さんからの相談に応えるうちに、仕事は水回りに限らず、サッシの交換や階段の手すりの取り付け、カーポートの建設など、多岐にわたっていきました。それでもあえて”水”を中心におく経営理念を重視する背景には、2016年の熊本地震の際、社長が熊本市まで給水の支援をしに行ったことがあります。 社長の高見澤義光さん  どれだけ生活が変わっても必要性はなくならない。普段は簡単に手に入るけれど、設備の故障や災害などがあれば大きな困りごとにつながり、支援が不可欠。助けてあげられればお客さんの笑顔につながるもの。それが”水”だと新たに認識する機会となった経験でした。  これが、2011年の東日本大震災の直後に掲げた「お役立ちの精神を大切にし、水と住まいで、笑顔と絆をつくります」という理念を、再認識するきっかけとなったのです。  その後も、時代とともに仕事の内容は少しずつ変わっていきます。最近では、佐久穂町の自宅や実家から離れて暮らすお客さんから「不在の間、家を管理してほしい」という依頼が増え、定期的に見回っています。それに伴い、「空き家を買ってくれそうな人はいないか」という相談を受けることもあり、不動産のニーズも感じるようになりました。また、高齢のお客さんから「電球を替えてほしい」とか「テレビがつかない」といった様々な困りごとの連絡があり、しばしば訪問することも。これも、高齢者の見守りという新たな仕事につながりそうです。  いずれにしても、安易に流行に乗らず、地域の人々の暮らしを良くするという軸からぶれずにやっていくこと。それがお客さんからの信頼を積み重ねることになり、自社の経営の安定化にもつながってきたと、高野さんは振り返ります。 高野さん 資格取得を支援、未経験者も立派なベテランに  現在の嶋屋住設は、会長と社長も含めて15名が様々な役割を担っています。請け負う仕事には資格が必要なものも多いため、資格取得に向けて講習会に参加できるように勤務シフトを調整したり、受験料を全額負担したりという形で支援をし、保有資格に応じて手当を支給しています。  今後、若手の未経験者が入社した場合には、職業訓練校に通って技能を身に着けてもらう計画です。  「だいたい6割は会社で通常業務に当たり、4割は学校に通うというような形になります。直近では社員2名が2年間職業訓練校に通い、2級配管技能士の資格を取得しました。卒業試験に当たる技能競技大会では、2名とも長野県で1位という好成績を修めています」(高野さん)  異なる業界から未経験で入社したこの2名も、すっかりベテランの域に達しました。後輩が来れば素晴らしい指導と教育をしてくれるだろう、と高野さん。一日でも早く若手の採用をしたいと考えています。 1978年、国道141号沿いの今の事務所に移転した  なお、今いる人たちの入社理由は、東京の会社で働いていたけれど地元に戻りたくなった、製造業で働いていたけれど残業が多くその分の給料ももらえていなかった、など様々。現場で働くスタッフは、転勤がなく地元で働き続けられることに魅力を感じていたり、機械や器具を使って自らの手で何かを作るということに面白さを感じるという人が多いようです。 家庭との両立にも理解ある、会話の多い職場 事務所は和やかな雰囲気  嶋屋住設では女性も4名働いており、工事の許可を取るための申請業務、リフォームをしたお客さんのアフターフォローやSNSでの情報発信、経理など、それぞれに重要な仕事を任されています。  2016年に入社した土屋さんは3年ほど前、家族の介護のために1ヶ月ほど休んだことがありました。  「介護のためにやらなければいけないことが立て込んでしまって、しばらくお休みさせてください、という話をしました。すぐに『ああ、いいよいいよ』って言ってもらえて、ありがたかったですね。結局1ヶ月経たずに落ち着いたので、また行きます、と連絡したら、それも『はい、どうぞどうぞ』って」(土屋さん) 土屋さん  他にも子育てのために時短勤務をする人がいるなど、家庭と仕事の両立に理解があり、職場の雰囲気も良好だと語ってくれた土屋さん。社員同士で自然に雑談が始まることも多く「夕方になると必ず、今日の夕飯は何にする?と聞いて、その日の献立を考えるんです」と笑いました。  休日は、畑で野菜を育てたり、バイクに乗ったり、ゴルフをしたりと、自然の多い田舎ならではの生活を楽しんでいる人が多いようです。お客さんの希望で土曜日に対応することも多いため、今はシフト制で土曜日の出勤があります。ですが、最近は取引先も完全週休2日制を取るところが増え、重機が借りられない、足りない材料があっても週明けまで調達できない、といったこともあり、月に1回は完全土曜休日もつくりました。  「若い人は休日を大切にするし、世の中の流れに合わせて休みを増やしていく必要も感じているところです」と高野さん。大事な軸はぶらさず、会社を存続させていくには変えていかなければいけないところもあると指摘し、働き方やビジネスについて「新しい視点で提案をしてくれる人も大歓迎です」と期待を込めて語りました。 文:やつづかえり 嶋屋住設株式会社ウェブサイト

  • 株式会社 浅川製作所 | koumi-sakuho

    ★ 車の部品からモデルガンまで、 精密な製品づくりを支える技術と多世代の協力体制 株式会社 浅川製作所  創業から70年、佐久穂町に工場がつくられて50年以上の歴史を持つ浅川製作所は、時代の変化に柔軟に対応しながら成長を続けてきた金属加工の会社です。休日を増やしながらも生産性を高め、10代から70代まで各世代が協力して働く体制づくりで、ものづくりの面白さと、働きやすい環境の両立を目指す浅川製作所。そこで働く人たちは、この会社をどう見ているのでしょうか。以下の方々にお話を伺いました。 ・佐久工場 工場長  伊藤貴史さん ・営業・生産統括部長 吉沢考訓さん ・佐久工場 顧問 吉沢忠久さん ・総務課長 永野克之さん 精巧な宝石箱の製造から車の部品、デフリンピックのメダルまで──時代とともに変化する製品づくり  浅川製作所は、佐久穂町大日向出身の浅川和英氏が1951年に創業した会社です。アンチモニーという合金素材による、精巧で美しい宝石箱の製造・販売を始めたのが始まりです。当初は東京都墨田区を本拠地としていましたが、やがて浅川氏の地元に工場を建て、佐久穂町から全国へと商品が出荷されるようになりました。 アンチモニー製の宝石箱と、細かい彫刻が施された金型  宝石箱の他にも一輪挿しや燭台、貯金箱などの美術工芸品が人気となり、結婚式の引出物としてよく売れたほか、ヨーロッパやアメリカにも輸出されました。浅川氏の甥にあたる吉沢忠久さんによれば、吉沢さんの父やほかの兄弟も、「農業をやっているよりもよほど儲かる」と一緒に仕事をするようになったそうです。 オリジナルデザインの一輪挿しは年間500万個売れた  しかし1970年代のオイルショック以降、だんだんと美術工芸品が売れなくなります。そこで、車の部品やドアの取っ手など様々な金属製品の製造へと仕事の幅を広げていきました。今では、車、化粧品、医療品、エンターテインメントなど様々な業界にまたがる35ほどの取引先があり、各種部品からおもちゃ、モデルガンまで多岐にわたる製品を製造しています。 各種大会のメダルやトロフィーも多く作っており、最近では「東京2025デフリンピック」のメダルも製造した  現在の浅川製作所は、アルミや亜鉛を溶かし、精密な金型に注入してすばやく成形するダイカスト(Die Casting)という製法をとっています。この方法で亜鉛を鋳造できる会社は今では希少で、新たな取引先からの問い合わせも入ってくるといいます。  「例えば化粧品の容器なんかは、女性が持つには軽い方がいいということで、時代とともにプラスチック製品に変わっていきました。そうなると、逆に重みがある方が高級感があるということで、プレゼントに選ばれるような高級なコンパクトをうちで作っていたりするんです」(吉沢忠久さん) 吉沢忠久さん 数字のかすれまで再現 ──顧客とユーザーの期待に応えるものづくりの面白さ  営業・生産統括部長の吉沢考訓さんは、お客さんの要望を聞き、それをどのように実現するのかを考え、製品を作り込んでいきます。その結果、金属を始めとする素材が具体的な形になっていくところが、他の仕事では味わえない面白さだと語ります。 吉沢考訓さん  「例えばモデルガンの場合、製品設計はお客さんの方でされますが、それを元に金型に落とし込んだり仕上げをしたりする段階でどれだけ実物に近づけられるかが、難しくもあり工夫のしがいもあるところです。  本物の銃は手作業で数字が刻印されていて、数字の並びが微妙にズレたりかすれたりしているんです。そうした細部を、あえて金型で再現しています。そんなこだわりに気づいたユーザーさんが展示会やSNSで褒めてくださったりして、とても嬉しいですね」(吉沢考訓さん)  2026年1月1日に工場長に就任した伊藤さんは、30代前半だった11年前に佐久市にUターンし、景色のきれいな佐久穂町で働きたいと中途入社しました。当時を振り返り、未経験者にも様々な挑戦の機会を与えてくれるのが、この会社の良いところだと語ります。 伊藤さん  「最初はパートで簡単な作業から始めましたが、入社して3週間くらい経つと、もう少し難しい工程をやってみないかと言われました。現場の責任者の方が『日曜日だったらゆっくり教えてあげられるから、よかったら来いよ』と言ってくださって。そうやってチャレンジの機会をたくさんもらえることは、大きなやりがいにつながりました」(伊藤さん)  人材採用や育成に関わる永野さんは伊藤さんについて、「いろいろなことに関心をもち、自分にできることを増やしていくという姿勢が、今の立場につながっている」と評します。他の社員に関しても、与えられた仕事を着実に自分のものにしていける人はきちんと評価されており、それが社員のやりがいを高めることにつながっている、と会社としての認識も示しました。 永野さん 10代から70代まで、各世代が働きたいと思える理由  浅川製作所では、60代、70代になっても働き続ける意欲がある人は雇用を継続しています。その一方で地元の若手の採用にも力を入れ、小海高校、小諸養護学校、野沢南高校などからの新卒入社が少しずつ増えています。その結果、10代から70代までの各年代がバランスよく所属し、ベテラン社員が若い社員に技術を継承しています。  地方の製造業で新卒採用を続けていくのは簡単なことではありません。しかし浅川製作所の場合は、地元で働きたい、ものづくりの仕事をしたいという若者が「ここならがんばっていけそう」と感じるいくつかの要素があるようです。  そのひとつが社内の雰囲気で、「職場見学に行ったら社員の皆さんが明るく挨拶をしてくれたのが印象的だった」という声が聞かれます。また、残業が少なく有給休暇も取りやすいなど、時代に合った働き方へと変化してきている点も大きな魅力のようです。  勤務体系は週休2日で、以前は祝日が出勤日でしたが、最近は月曜日が祝日の場合は会社も休みとするなど、年間休日数も徐々に増やしています。 休日が増え、生産性も若手の意識も向上 大きな機械から次々と鋳造品が流れ出てくる  休日を増やす取り組みは、社員の余暇を増やすだけでなく、仕事の効率が上がるという効果もありました。 「年初には社長から年間の利益目標を示し、『これをクリアできれば賞与をこれくらい出します。今年は3日休みを増やすけれども、なんとか目標を達成できるようにやっていこう』と伝えています。それによって、どうやって効率よく仕事をするかをみんなが考えるようになったんだと思います。例えば、不良品を作ってしまえばやり直しのために残業が発生しますから、それをいかに防ぐか。そういったことを積み重ねていくことで生産性が上がってきています。休みを増やしたことは、社員だけでなく会社のためにもなっているんです」(吉沢忠久さん) 互いに協力しあって生産性を上げよう、と意識されるようになったことから、若手の社員にも変化が生まれています。 「有給休暇を取るのは当然の権利ですし、みんなそれぞれの必要に応じて休んでいますが、最近は若いメンバーたちから『このタイミングで有給を取って大丈夫ですかね?』と相談してくれるようになりました。50人くらいのメンバーがお互いにカバーし合いながら働いている工場なので、そういう視点を持てるというのはすごく大事なことだと思います。若い人たちの間にそういう芽が出てきたことで、この会社はもっと伸びていけるんじゃないかと感じています」(伊藤さん) 元気に働ければ、自分に合う持ち場が見つかる この会社で働くのに向いているのはどんな人?と聞いたところ、「全くの未経験で構わないが、手先が器用な人や細かい仕事が苦にならない人」という声が挙がりましたが、「元気に働ければ、大丈夫」という意見も。いろいろな部署があるので、いろいろと試す中でその人に合う仕事を見極めて配置することができる、ということでした。 なお、浅川製作所の社員の40%弱は女性で、週に1度、女性の管理職が集まって話し合い、そこから会社に対する提案や要望を出すという活動が行われています。現状は加工や検査などを担当する女性が多いものの、職種に男女の別はなく、やりたい人がいれば大きな機械を動かす仕事もぜひやってほしいとのことです。 文:やつづかえり 株式会社浅川製作所ウェブサイト

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    小海町と佐久穂町の情報発信 こうみ・さくほ通信 「さくほ通信」は、「こうみ・さくほ通信」に生まれ変わりました。 住んでいる人も住んでいない人も、こうみ・さくほ通信を楽しみたい人に。 山菜採り 川遊び スケート 山菜採り 1/4 News (新着情報) 2025年12月25日 こうみ・さくほ通信 第4号が発行されました 紙面はこちらから→「タブロイド版 こうみ・さくほ通信」 タブロイド版 こうみ・さくほ通信 「これまで「さくほ通信」として14号まで発行してきた地元情報誌が、今年から小海町と佐久穂町の情報を発信する『こうみ・さくほ通信』にパワーアップ!  to タブロイド版 「こうみ・さくほ通信note」は長野県東部の佐久穂町で起きている出来事を魅力的に発信したい人たちのグループとして始まった「さくほ通信club」を発展させ、2024年からスタートしました。両町の魅力やそれを楽しむイベントを開催しnoteにて様子をお届けしています。 to note STARS まちの仕事、未来への星図 STARSは、小海町・佐久穂町で、夜空で輝く星のように、 まちで輝く企業や、働く人々のお話を聞くインタビューページです。 星空を見るように、ちょっと立ち止まって話を聞いてみてください。 まちの仕事を知ることで、自分の居場所や、未来への道筋が、 少しだけわかるかもしれません。 to STARS 人材採用の5つのステップを知ろう 人を採用するために押さえておきたいステップ (地方中小企業の成功事例付き) 内容はこちら 地域で働く ガイドブック 実例 地方で幸せに働くための準備とコツを紹介! 内容はこちら 人材募集をしたけれど良い人が来てくれない、そもそも応募がない、そんなお悩みがありませんか? 良い採用をするためには、ただやみくもに募集をするのではなくあなたの会社に合った人材戦略を考えて実行する必要があります。 その方法を5つのステップでご紹介します。 「こんな町に暮らしてみたい」「ここで人生を過ごしていきたい」̶̶そんな夢があっても、「仕事はあるの?」「どうやって食べていくの?」という壁があってためらっている、そんな人のためにこの冊子をつくりました。たくさんの実例や考え方のヒントを見て、少しでも「前に進めそう」と思っていただけたら幸いです。(本文より) 佐久穂町と小海町による地域活性化のための同盟に関する協定  小海町と佐久穂町では「佐久穂町と小海町による地域活性化のための同盟に関する協定」を令和2年4月10日に締結し、以降協定に基づいた各種連携事業に取り組んでいます。 地理や風土が共通する両町では、今まで住民や事業所による数多くの交流があり、行政も観光や移住促進等で協力を進めてきました。  現在、両町では人口減少や高齢化の加速、災害の激甚化、保健衛生上の事態など町域を越えて対処すべき課題が急増しています。   本協定では、隣接する両町が従来からの協力関係を発展させ、それぞれの独自性を尊重しつつ、連携と交流、相互補完の拡大と充実を図り、地域活性化と住民福祉の増進を目的としています。(協定書第1条)

  • 有限会社 新津技建 | koumi-sakuho

    ★ 伝統の技で未来に残る家を作り、次世代を育てる 有限会社新津技建  長野県佐久穂町を拠点に、伝統工法による家づくりに取り組む新津技建。金具を極力使わずに手作業で木を組み上げる技術は、能登半島地震で被災した文化財の再建にも活かされています。環境に配慮し、永く住み継ぐ家を作るという信念のもと、若手大工の育成や地域の子どもたちの学びの場づくりにも力を入れる同社の取り組みについて、代表の新津裕二さんに伺いました。 石川県七尾市で築130年の老舗ろうそく店の再建に挑む  新津技建は普段、地元の佐久穂町、佐久市、軽井沢町など東信地域の新築やリフォームを手掛けています。しかし、2025年5月からは石川県七尾市に通い、前年の能登半島地震で被災した「高澤ろうそく」というお店の再建に取り組んでいます。  能登の仕事を請け負うことになった背景には、ろうそく店がある「一本杉通り商店街」に事務所を構える建築家、岡田翔太郎さんとの縁があります。5〜6年前、佐久穂町の古民家を再生するプロジェクトを始める際、「ぜひ一緒に仕事をしたい」と新津さんから声をかけたのが岡田さんでした。  「彼と仕事のやり取りをしている間に能登半島地震が起き、ろうそく店の再建事業の相談を受けました。というのも、現地の大工さんの多くは”一人親方”と呼ばれる個人事業主で、大工さん自身や周りの人たちが被災されているなか、なかなか仕事を頼める状況になかったんです」(新津さん)   高澤ろうそくは1892年に創業した和ろうそくの店で、築100年を超える店舗は登録有形文化財に指定されています。しかし地震で軒先が崩れ、母屋部分も傾いてしまいました。それをなるべく元の状態に戻し、2027年1月1日に再開することを目指しています(現在は仮店舗で営業中)。 震災後のお店の様子  これまでは新津さんと若い女性の大工に社外の仲間の大工を加えた4人体制で、2026年からは6人体制で石川県七尾市に滞在して工事を進めています。  ろうそく店が建てられた明治期と今とでは建築の手法も大きく変わっているため、大工であれば誰でも携われるわけではないでしょう。日本の伝統的な家づくり——金具を極力使わず、手作業で刻んだ木を組み上げていく伝統工法——を実践する新津技建ならではの仕事だといえます。 現地調査での様子  「改修工事の内容は事前にある程度予想を立てていましたが、蓋を開けてみて初めて分かることもあり、考えていたよりも時間がかかっています。ただ、周りの人たちがとても温かく、気持ちよく仕事をさせてもらっています。大工としては、明治期から続いてきたお店を守りたいという高澤さんの想いに応えたいですし、文化財に指定されている建物を後世に残すという点でもとても意義があり、みんなやりがいを持って取り組んでいます」(新津さん) 伝統工法への転換を決めたきっかけ  新津技建は新津さんのお父さんが創業した会社ですが、伝統工法にこだわるようになったのは新津さんの代からです。きっかけは、元は酒蔵だった古い建物の改修工事でした。今は新津技建の社屋となっている、築130年を超える建物です。  当時の新津さんは、現在主流となっているプレカット材や新建材を用いた家づくりも同時に進めていました。両方をやることで、違いをはっきりと認識することになったのです。  「古い建物の改修で出てきた不要なものは、そのほとんどがゴミにならないんです。柱や壁、瓦なんかは土に還る素材ですが、現代の家の方は、人工的な素材が多く、リサイクルが難しいものばかりでした。大工として家を作るのは後世のためになる仕事だと思っていたけれど、実は逆のことをしているんじゃないか、これではいけないと気づきました。伝統的な工法を残していきたい、環境に配慮した家づくりをしよう、という想いが、そこから芽生えていきました」(新津さん)  現代の家づくりでは、「プレカット」と言って工場であらかじめカットされた木材を使用することが一般的です。しかし新津技建では、製材された状態で節の位置や木の曲がり具合を見て、柱や梁のひとつひとつに適した木を選び、その木のどの部分を切り出して使うかを決めます。そうすることで、木が本来持っている力を活かした、丈夫な家ができるのです。  そんな伝統工法の知恵と、現代的な断熱の手法を組み合わせた「温故知新の家づくり」を掲げ、夏は涼しく冬は暖かい、長持ちする家づくりに力を入れています。 文化・伝統を守る仕事と時代に合った人材育成の両立  新津技建の社員はパート勤務も含めて13人ほど。7人いる大工の中には、20代の若手やアメリカから移住した人もいます。3年ほど前に若い女性がインターンを経て入社して以来、知人の紹介やSNS経由で新津技建を知り、門戸を叩く若者が増えました。  伝統工法の技術を身に着けたいという場合、宮大工になるのもひとつの道です。そうではなく新津技建にやってくるのは、建築だけでなく暮らし全般における日本の文化や伝統に興味がある人が多いと新津さん。同社では家づくりの傍ら社員みんなで米作りや藍染めに取り組んでおり、それも会社の魅力のひとつになっているのです。 加工場では、ベテランと若手が一緒に作業をする様子が見られる  採用の面談などで新津さんは、「大工になるならなるべく早いうちに覚悟を決めた方が良い」とアドバイスするそうです。相当の覚悟とやる気があれば30代に入ってからでもできないことはない。でも、できれば10代後半や20代前半から大工の仕事に就いて職人向きの身体を作るのが望ましい、という意味です。  体力と技術がモノを言う厳しい世界ですが、それを苦に辞めていく人は出ていません。日本の文化や伝統を大事にするという会社のあり方にピンと来て、自分がそこで何を得たいかをイメージした上で働き始めた人たちだからでしょう。加えて、社員の自立を支え、待遇面で配慮する会社の姿勢も寄与していると思われます。  「自分が若い頃は日曜日しか休みがないような状態でしたし、もっと前の時代は丁稚奉公と言って年に2回しか家には帰れない、仕事も教えてもらうのではなく親方のやり方を見て覚える、というのが職人の世界でした。確かに、一人前の大工になるにはさまざまな経験し、時間をかけて技術を磨いていく必要があります。しかし、時代も変わり、自分の代ではそういった育成体制と現代の働き方のバランスを見ながら、若手大工が働きやすい環境を整えています。さらに、ただ技術を身に着けられれば良いというわけではなく、いずれは家庭をもって一家の大黒柱になれるよう、きちんと生活を守ってあげたいと考えています」(新津さん) 本物の素材の価値を知っていることが強みに  物価高騰が続く昨今、家づくりにかかる費用もどんどん上がっています。お客さんが希望する家を建てようとしたら想定されている金額の1.5倍はかかる……というような状況で、相談を受けても注文にまで進まないケースが増えているそうです。新築の家は贅沢品になっており、経済的に豊かな人でないと手が出なくなっているのです。  そこまでお金を出せない場合でも生活の質を上げる手段として、新津技建では、大工ならではの目利きが活きるリフォーム事業にも力を入れています。他にも、最近ではレストランや商業施設の仕事も増えたりと、当初と比べて仕事内容が多様化しています。例えば、有機栽培で野菜を作る農家の施設を建設する仕事では、環境負荷が少なく、将来にわたって残っていく自然の材料で家を作るという考え方が、施主の理念とも合致しました。  「本物の木や石というのは、とても長持ちするんです。人工の材料で表面的によく見せるのではなく、本物を使うことの価値を理解し、選ぼうとするお客さんは増えていると感じます。自分たちは普段からそういった材料に触れ続けているので、その魅力を十分に伝えることができるし、メンテナンスのやり方なんかもきちんと説明できます。お客さんが十分納得した上で選んでもらえるのが、私たちの強みだと感じています」(新津さん) 「温故知新」で生きる力を、地域の子どもたちにも  新津技建の事務所の前には、築150年以上の土蔵を移築した「体験宿泊施設 布流久佐(ふるくさ)」があります。使われなくなって解体の危機にあった蔵を救い、新しい役割を与えたのです。 元々使われていた自然素材を活かし、現代のライフスタイルに合わせて、立派に蘇った蔵  新津さんは、「布流久佐」に2つの意味を与えました。ひとつは都会から田舎への移住を考える人たちが、この地域ならではの暮らしを体験できる施設としての役割。室内には現代的なキッチンやお風呂なども備わっていますが、外の井戸やかまどを使って料理をしたり、藍染をしたりと、普段はできないアクティビティが楽しめます。  もう一つは、「災害に強い暮らし」のモデルとしての役割。もし電気が途絶えても、断熱のしっかりした家と井戸やかまどがあれば生活を続けられるということを、実際の建物を通じて伝えようとしているのです。  「祖父がよく『人間、米を食べてれば死なない』って言っていたんです。米と大豆や塩なんかがあって、あとは家と水があれば、とりあえず生きていけますよね。全部が昔のままというわけにはいかないけれど、暮らしのインフラを全部他人に任せず、ある程度自力で生きていけるような要素を残しておきたいという思いがあって、こういうことをやっています」(新津さん)  地域の子どもたちにも、そんな想いや技術を伝えたいという新津さんは、小学生が大工体験と藍染体験を通じて昔ながらの衣食住のあり方を学ぶカリキュラムや、中高生向けの場作りも考えています。 2025年に佐久穂小学校3年生を対象に行った藍染体験の様子  「手を使って作るという体験は、ものが作られて手元に届くまでの過程や、この地域ならではの暮らし方や仕事の可能性なんかについても考えるきっかけになるはずです。それを、小学校4年生くらいのカリキュラムに組み込んでもらうことを、学校に提案したいと思っています。それから、中高生向けに『藍染部』という活動もできたらいいな、と。藍染だけでなく草木染や泥染め、柿渋染といった色々な染め方を試すのもいいですし、染めるときの絞りにこだわるのもいい。機織りで布を作る活動なんかにも展開できます。そういったことをしてみたい子にうちの事務所の2階を解放して、部室として使ってもらう。そんな地域貢献もやっていきたいです」(新津さん) 文:やつづかえり 有限会社新津技建ウェブサイト

  • 株式会社 カネト | koumi-sakuho

    ★ 未経験から社外のプロに頼られる存在へ。 変化に富む建材商社の仕事のやりがい 株式会社 カネト  カネトは建築に必要な資材を扱う商社として、工務店や設計事務所など様々な関係者と協力しながら建築現場を支えています。未経験で入社し、ときには失敗もしながら変化に富む仕事に臨機応変に対応できる力を身に着けてきたという高見澤崇さん(木構造・プレカット事業部 課長)と藤巻千穂さん(総務部 係長)に、自身のキャリアや仕事の特徴、カネトの社風などについて伺いました。 金物屋に始まり、建材の総合商社へ  1947年に小海駅前の金物屋として創業したカネトは、1968年に建材機器部を設立して以降、床材や壁材、サッシなど建築資材の仕入れ販売が事業の核となりました。2012年には太陽光発電システムや省エネ機器を扱う環境事業部を設けるなど、その後も事業の幅を広げながら今にいたります。 軽井沢店では、カネトが取り扱う様々な種類の木材を手にとって見ることができます  高見澤さんは、サッシを組み立てる工場の2階で幼少期を過ごし、会社で働く人たちの姿がいつも身近にあったと振り返ります。  「保育園から帰るとボルトで遊んだり、事務員さんにおやつをもらったり、建築現場にもよく連れて行ってもらいました」(高見澤さん)  そんな高見澤さんは、大学卒業後に東京の異業種の会社で働いた後、2013年にカネトに入社。最初の3年間は他社に出向し、新しい部署の立ち上げに必要な知識を学びました。出向先は、建築に使う木材を設計図に合わせてカットする「プレカット」の工場で  現在の建築現場では、プレカット工場でカットした木材を運び込み、現場で組み立てる工法が主流です。カネトでプレカットの注文も受けられるようになれば、それまでメインの商材であった石膏ボードや断熱材などに加えて木材も取り扱える。建築に必要な材料を1社で引き受けられるようになればお客さんも助かるはず——そのような展望のもと、カネトはプレカット事業部の立ち上げを決めたので  出向先から戻った高見澤さんは新たな事業部の立ち上げメンバーの一人となり、現在は木構造・プレカット事業部の課長を務めています。) 強みは顧客のニーズを幅広く、迅速に満たす体制  プレカット事業に進出したカネトですが、自社工場はありません。注文主と打ち合わせて図面を作成し、現場への納品まで責任を持ちますが、加工の部分はいくつかの工場に外注しています。 複数の工場との提携には、顧客の要望や物件の特徴に合った加工方法を柔軟に選べるという利点があります。また、新型コロナウイルスの流行が引き金となったウッドショック(木材の不足と価格の高騰)の際も、この体制が功を奏しました。  「ウッドショックの際は、加工したくても元になる木が手に入らず、断らざるを得ないという会社さんが多かったんです。ですが、うちは取り引きのあるたくさんの工場に相談し、少しずつ仕事を割り振ることができました。複数の工場と連携してやっていくという体制がリスクヘッジになったんです。他で断られたという仕事も全て引き受けた結果、生産量が落ちるどころかむしろ上がり、そこからお付き合いが始まったお客様もいらっしゃいます」(高見澤さん)  プレカット事業に限らず、カネトの強みは顧客のニーズにきめ細かく、臨機応変に応えられる体制にあると高見澤さん。「頼まれれば弁当だって届けますって、よくお客さんに言うんですよ」と笑います。  「『弊社にご相談いただければなんでも揃えます』という意味です。ただ、商社という立場だと、同じ商品ならうちに頼んでも他社に頼んでも変わりありません。じゃあ、どこで差別化するかというと、情報の速さや配送力なんです。営業担当者はしっかりアンテナを張り、お客さんに有益な情報を届けるということに力を入れています」(高見澤さん)    配送力が強みになるのは、自前の物流体制があるためです。軽井沢の物流事業部で10名のドライバー、サッシ事業部で10名の職人が、毎日様々な現場に商品を届けて回っています。軽井沢など住宅建設が盛んなエリアに近いのも利点で、現場から「これが足りない!」と連絡があれば、その日のうちに届けることも可能です。顧客がカネトの倉庫に直接取りにくることもでき、必要なものが早く手に入ると、非常に喜ばれています。 職場の人間関係と社外の関係者に助けられて成長  取材に伺った軽井沢支店には大きな倉庫があり、そこから荷物を運び出してトラックに積み込む様子などから、活気のある雰囲気が伝わってきます。20代後半から30代前半の社員が多く、雑談が盛り上がることもしばしばだそうです。  藤巻さんは、2016年に入社しました。長野県内の短期大学在学中に就職活動をするもなかなか内定を得られずにいたときに、大学の先生に勧められて受けたのがカネトでした。  内定を得て、就職活動を終わりにしたい一心で就職を決めたため、あまり前向きな気持ちで入社したわけではなかった藤巻さん。しかし、徐々に他の社員たちと打ち解け、会社が居心地の良い場所になっていったと振り返ります。  「入社したときは、働かなければいけないから働いているという意識だったんです。でも、2人の女性の先輩と仲良くなって、3人で遊んだり旅行に行ったりするようになりました。そうすると自然と他の女性の先輩たちとも仲良くなり、男性の社員の方たちにも心を開くことができるようになりました。結果として、とても働きやすい環境だと感じられ、この会社でがんばっていこうと思えるようになったんです」(藤巻さん)  入社当初に藤巻さんが配属されたのは事務部です。顧客からの注文を受け付けて各種伝票の入力や配送の手配をしたり、支店に届いた様々な資材を受け取って確認したり、それらを引き取りに来た大工さんの応対をしたりなど、仕事内容は多岐にわたりました。  「最初は建築現場で使われる専門用語が分らなくて、それを解読するのが大変でした。それが分かるようになっても、何かと臨機応変に動くことが求められ、いろいろと気を回さなければいけないことがあります。カネトの事務ができたら、どこに行っても通用するよ、と言われました」(藤巻さん) 毎日、様々な資材が届き、出荷される軽井沢店の倉庫  事務というとルーチンワークのイメージがあります。しかしカネトの事務の仕事は、藤巻さんが「同じ日は1日もなかった」と言うほど変化に富み、退屈しない毎日だったそうです。  藤巻さんは5年前に総務部に異動し、人事と総務を担っています。ここでも、社長をはじめとする役員からの指示に応えたり、人材採用のための説明会や面接の段取りをしたりと臨機応変の対応が求められることが多く、日々考えながら仕事を進めています。  高見澤さんも藤巻さんも、業界未経験から入社し、現場で学びながら成長してきました。社外の様々な関係者とのやり取りが多く、調整が大変な部分もあります。その分、チームのような関係になれたときには、大きなやりがいを感じられる仕事だといえるでしょう。  「大工さんや設計士さんから『こういう建物を作りたいんだけど、どういう組み方をしたらいいですか』とか『こういう設計図を描いたんだけど、プレカットで実現できますか』とか、少し専門的なことで頼っていただけたときは、とても嬉しいです」(高見澤さん)  高見澤さんに、プロの相談を受けられるような知識や経験が最初からあったわけではありません。当初はゴミ拾いくらいしかすることがなくても現場に通い、納品した製品が組み立てられていく様子などを見たり、現場の大工さんたちに聞いて、少しずつ覚えていきました。その結果、うまくいかないことがあっても、一緒に解決策を考えてもらえるような関係性ができてきました。それが今、仕事をする上での重要な土台になっていると、高見澤さんは振り返ります。 失敗を経験し、そこから学んでほしい  カネトでは新卒と中途の人材採用を行っており、新卒については高卒と大卒合わせて2〜3名が毎年入社しています。地元で働きたいという人の他、最近ではパートナーの地元で暮らすために東信地域での仕事を探し、カネトに入社するというケースもあるそうです。 軽井沢支店の窓の外には、雄大な浅間山の姿が見えます  「どんな人がカネトに向いていますか?」と聞くと、高見澤さんからは「仕事を自分ごとにできる人」という答えが返ってきました。  「建築はいろいろな業者さんが関わるので自分ひとりでは完結しませんし、一軒一軒が違うのでイレギュラーなことばかりです。関わる人たちそれぞれの都合もあるので、相手が『どうしてほしいか』をちゃんと考えて最後まで実行するという気持ちがないと、どうしてもやりきれないことが出てきてしまいます。お客さんのために自分ごととしてできるか、というのがとても大事です」(高見澤さん)  藤巻さんが考えるカネトに向く人は、「明るい人」です。  「分らないことがあるとか、慣れていないとか、最初はできないことがいろいろあると思うんです。でも、前向きな気持ちを持って、はっきり挨拶や返事ができる人がいいですね」(藤巻さん) 高見澤さんも、「分からなくても構わないので、はっきりリアクションしてくれるのが一番助かります」と頷きます。そして「若い人は、失敗を恐れないでほしい」と強調しました。  「入社したばかりでできないのは当然で、むしろ失敗してほしいと思っています。ちょうど今、入社3〜4ヶ月くらいの子がいるんですけど、失敗せずにできちゃったときは、『ここは、間違えてくれないと』って文句を言ったりするくらいで(笑)。失敗したときにこそ学びが生まれるものだから、どんどん失敗してほしいです」(高見澤さん)  高見澤さん自身、プレカットの加工不良が原因で現場に集まった職人さんたちの仕事が全部ストップしてしまったという経験があるそうです。ちょっとしたミスがスケジュールの遅れや信用低下も招く可能性があるということを、心に刻む機会になったことでしょう。  カネトに入社する人は、高見澤さん同様に業界未経験者が多く、必要な知識は仕事をしながら覚えていくことになります。ただ、昔のように「見て覚えろ」というやり方を良しとしているわけではなく、時代に合った育成方法に変えていきたい、と高見澤さん。失敗を学びを得る機会と捉えて見守るという考え方も、そのひとつでしょう。 若手の声を聴き、行動を示すことが重要  時代に合った育成という点では、モヤモヤしている若手がいたら話を聴くことも重要だと高見澤さんは感じています。  「以前は、不満を言えないまま溜め込んだ末に『辞めます』と言ってくる人がいました。そうなると、もう引き止めてもどうにもならないことが多いです。最近は、不安や不満があると藤巻さんのところに相談がくるようになって、急に辞めてしまうということがなくなっています」(高見澤さん)  「特に『相談してね』と言っているわけではないんですけど、他の支店に行ったときにも若い社員に積極的に話しかけたりして、相談しやすい関係にはなれているのかもしれません。話を聞いて、私が全部解決できるわけではないんです。ときには高見澤さんにお願いして、相手の良いところも良くないところもはっきり言ってもらうなど、フォローしてもらっています。変えた方が良いことについては、会社に働きかけたりして少し妥協案のようなものが見いだせることもあるし、何も変わらなくても、行動し、その結果をちゃんと伝えてあげる。それだけでも、『話を聴いて、動いてくれたんだな』と納得感が得られることが多いですね」(藤巻さん)  まもなく創業80年を迎えるカネトがこれからも頼られる存在であり続けるために。高見澤さんや藤巻さんのような中堅社員が中心となり、時代に合った育成や働きやすい職場づくりを進めている様子がうかがえました。 文:やつづかえり 株式会社カネトウェブサイト

  • 株式会社 黒澤組 | koumi-sakuho

    ★ 時代に即した人材育成で、地域の未来を支える会社に 株式会社 黒澤組  長野県小海町で70年以上の歴史を持つ黒澤組。高齢化が進む建設業ながら、約100名の社員のうち20代と30代が約3割を占めるなど、若手が活躍する会社です。代表取締役社長の黒澤和彦さんに、未経験の若手を育成するに当たって重視していることや、地域の暮らしを支える会社としての思いを伺いました。 円形の新社屋や現場に配達するお弁当に込められた思い  黒澤組は、黒澤さんの祖父が土木工事の会社として1952年に創業した会社です。1970年代に生コンクリートやアスファルトの製造も自社で行うようになり、2000年代には建築分野にも進出するなど、事業の幅を広げてきました。 2024年に完成した本社社屋。隣にもう1棟建設予定  国道141号沿いの本社棟は2024年に完成したもので、美しい円形のデザインには、近隣の方にも注目してもらえるような建物を、という黒澤さんの考えが反映されています。円形部分の窓越しに見える広いスペースは、社員同士や地域の方々の交流が生まれるカフェスペースとなっています。  そのスペースの奥にある扉を開くと、大きな厨房があります。そこでは毎朝お弁当作りが行われており、社員には現場までの配達も込みで1食300円で提供しています。 朝からお弁当を作り、昼前に各現場に配達する  「もう35年くらい前のことですが、先代の社長の時代に『毎日お弁当を持ってくるのが大変だ』という社員の声を聴き、『じゃあ、会社で作るか』ということになりました。建設業の会社の取り組みとしては珍しいので、いろいろ取材を受けたり表彰されたりもしました。今だに他の会社でやっているという話は聞かないですね」(黒澤さん) 人を育てる方法も、時代に合わせて変化  お弁当の提供を始めた経緯からも、社員のために何が必要かを考え、独自の施策を実行する会社の姿勢が伝わってきます。  そんな黒澤組が最近力を入れているのが人材育成です。社員一人ひとりの技術がなければ、会社として良い仕事をし、成長していくことはできないと考えるからです。  この人手不足の時代に建設業の持続可能性を高める鍵は“デジタル化”だと、世間では言われています。黒澤組でも、3Dスキャナによる計測システムやドローン、ICT建機などの導入を5年ほど前から本格化しています。それでも、社員が現場経験を積んでスキルを身に着けていくことの重要性は変わらないと、黒澤さんは指摘します。  「デジタル化を進めれば、それほど熟練していない人でもできる仕事が増えます。とは言え、ある程度の経験が必要とされる仕事がなくなるわけではありません。若い人たちにどれだけ経験を積んでもらえるかが重要な課題です。そこで8年ほど前、社員の採用と教育にきちんと取り組んでいこうと『人材育成推進室』を立ち上げました」(黒澤さん)  同社の採用サイトには、「人材育成の方法も時代とともに変化します」という言葉とともに、人材育成のあり方の「これまで」と「これから」を比較した表が掲げられています。 人材育成のあり方の変化 黒澤組 採用サイト より  建設業というとどうしても「上下関係が厳しい男性的な職場」というイメージがつきまといます。しかし黒澤組は時代に即して変化している——それを伝えるために、普段から意識していることを明文化してサイトに掲載しました。これが形骸化しないよう、外部講師を招いて研修を行うなど、社内の意識変革にも継続的に取り組んでいます。  一方で、優しく教えるだけでは建設現場での仕事の安全と品質を保つことが難しい面もあります。厳しく指導することが必要なタイミングもあり、そのバランスを取ることには苦慮しています。しかし黒澤さんには「一番大事なのは若い人に入っていただき、その人の能力を発揮してもらうこと、やりがいを持ってもらうこと」という信念があり、そのための方法を試行錯誤し、時代に合わせて変化させてきたのです。 挑戦の機会とチームのフォローで未経験から育てる  同社は毎年1〜2名程度の新卒入社者がおり、今後さらに採用を増やしていく予定です。中途採用も含めて4人に1人は県外からの応募者で、登山が好きで自然の多い地域で働けることに魅力を感じて入社した人もいます。他にも、運動部出身で身体を動かすことが好き、車や重機に興味がある、といった人が比較的多いようです。  業界経験や土木や建築に関する専門的知識は、あれば役に立ちますが、全くの未経験でもやっていけるよう、独自の育成カリキュラムを用意しています。  近年は女性の採用も積極的に行っており、現在の男女比は5:1程度です。現状は内勤の業務で力を発揮している女性が多いですが、一部には現場で働いている女性社員もいます。建設業界全体でも、現場の休憩所の快適性向上など女性が働きやすい環境整備が進んできており、黒澤組でも活躍の場が広がっていくでしょう。 本社内の執務スペース  先にも触れた通り、人材育成に関して黒澤さんが大切にしているのが「経験」です。  「ひとつの仕事をこなしていく中でスキルが向上したり意識が変わったりするものですから、その機会をいかにつくるかということに腐心しています」(黒澤さん)  道路や大型店舗・施設といった大規模な工事に関わる仕事は、相応のプレッシャーも伴うでしょう。挑戦の機会を与えられて積極的に飛び込んでいく人もいれば、「今はまだ難しい」と感じる人もいます。強制はせず、その人がチャレンジできるタイミングを待つというのが、黒澤さんの姿勢です。また、チャレンジしてみてうまくいかないときも、会社全体でフォローできるのが同社の強みだといいます。  「うちは、現場監督も現場で作業をする人も自社の社員です。適材適所で、みんなで協力していいものを作るというスタンスでやっています」(黒澤さん) 生活になくてはならない仕事を通じ、地域に貢献したい  県外からの応募も歓迎しつつ、黒澤さんは「できるだけ地元の方に入社してもらいたい」と語ります。そのため、近隣の高校や県内の大学に通う学生のインターンの受け入れや、地域の企業の合同説明会への参加も積極的に行っています。  人材育成推進室で採用を担当する牛山花純さんによると、説明会には地元の高校を卒業した社員に参加してもらい、身近な先輩として話をしてもらうそうです。  「『同じ高校出身なんですよ』と社員を紹介すると、高校生の皆さんも興味をもって話を聞いてくれるんです。ただ、そういう場に慣れていない社員もいるので、『こういう話をしてほしい』というガイドを事前に渡したり、『学生さんからこんな質問が出てくるかもしれないから、答えを考えておいてもらえる?』とお願いしておきます。それでも自分の言葉で伝えるのが苦手だという場合は、私たちが話を聞いて一緒にメモを作るなど、なるべく前向きに参加して良い話をしてもらえるように工夫しています」(牛山さん) 黒澤さんは、首都圏に人口や産業が集中し地方の持続可能性が危ぶまれる状態を憂いつつ、この地域をなんとかもり立てていきたいと考えています。そのため、小海町のぎおん祭や氷上トライアスロン大会などのイベントに積極的に参加したり、地域の野球チームの監督を務め、社員にも参加を促すなど、地域の人々との関わりの機会を大事にしています。そして何より「建設会社は地域の暮らしにとってなくてはならないもの」という思いをもとに業界のイメージを変え、若い人たちが夢を持って働ける職場づくりをすることで地域に貢献したいと力強く語りました。  「何もなかったところに道路や建物ができ、それによって地域の皆さんがより快適に暮らせるようになる。これがこの仕事の一番の醍醐味です。それが社員を通じて子どもたちや周囲の人に伝わり、この業界に入ってくれる人が増えるといいですよね。そう考えて取り組んでいます」(黒澤さん) 文:やつづかえり 株式会社黒澤組ウェブサイト 株式会社黒澤組リクルートサイト

  • STARS|まちの仕事、未来への星図

    STARSは、小海町・佐久穂町で、夜空で輝く星のように、 まちで輝く企業や、働く人々のお話を聞くインタビューページです。 星空を見るように、ちょっと立ち止まって話を聞いてみてください。 まちの仕事を知ることで、自分の居場所や、未来への道筋が、 少しだけわかるかもしれません。 ★ ここに暮らす幸せを感じられる家をつくる、そのために常に挑戦する会社でありたい。 >>> 株式会社トモノ メンバーが楽しく幸せな会社で日本の地方を元気に! >>> 株式会社Vitalize 車の部品からモデルガンまで、精密な製品づくりを支える技術と多世代の協力体制 >>> 株式会社 浅川製作所 多様な役割のチームワークで実現。一軒一軒が違う家づくりの醍醐味 >>> 大栄建設株式会社 地域とともに50年、ぶれない経営の軸と変化の軌跡 >>> 嶋屋住設株式会社 伝統の技で未来に残る家を作り、次世代を育てる >>> 有限会社 新津技建 時代に即した人材育成で、地域の未来を支える会社に >>> 株式会社 黒澤組 未経験から社外のプロに頼られる存在へ。変化に富む建材商社の仕事のやりがい >>> 株式会社 カネト 長野県地域発元気づくり支援金活用事業 | 佐久穂町と小海町による地域活性化のための同盟事業

  • News (List) | koumi-sakuho

    News (新着情報) 2025年2月28日 お知らせ この度、ホームページをリニューアルいたしました。

  • Entry Marketing Director | koumi-sakuho

    Entry マーケティングディレクター Job Description テキストの例です。ここをクリックし、「テキストを編集」を選択して編集してください。ホームページを紹介したり、自己紹介テキストを入力しましょう。 業務内容 データ活用のための企画・基盤構築 データドリブンな意思決定や課題解決、クライアントとの折衝 マーケティング分析・ビッグデータ分析より戦略の立案、アクションプラン策定 コンテンツの反響分析 ソーシャル分析、リスティング分析、LPO、A/Bテスト チームの管理、及びマネジメント など 必須スキル ディレクションの実務経験 マーケティング分析経験 Google Analyticsの実務経験 ビッグデータ分析経験 求める人物像 大きな裁量を持って仕事がしたい方 数字を作ることにやりがいを感じられる方 変化の激しい環境のなかで挑戦したい方 主観に頼らず物事をロジカルに考え、最速で動ける方 どんな変化も前向きにとらえ、常にチャレンジしていきたい方 募集要項 雇用形態 正社員 勤務地 株式会社 X Factor本社 東京都新宿区西新宿 0-0-0 勤務時間 10:00~19:00(労働時間:8時間、休憩時間:1時間) 給与 月給30万円~(固定残業代含む) 昇給 年2回(4月、10月) 賞与 年2回(6月、2月) 休日休暇 完全週休2日制(土日) 祝祭日 年末年始休暇(5日) 夏季休暇(5日) 有給休暇(初年度10日) 慶弔休暇 産前産後休暇 待遇・福利厚生・社内制度 各種社会保険(雇用・労災・健康・厚生年金) 確定拠出年金 メンター制度 各種資格取得支援制度 新任管理職研修 Entry Form エントリー テキストの例です。ここをクリックして「テキストを編集」を選択するか、ここをダブルクリックしてテキストを編集してください。文字の色やフォントなど、テキストのスタイルを変更することもできます。ホームページを紹介したり、自己紹介テキストを入力しましょう。 名前 生まれた年 生年月日 * required 性別 * 男性 女性 未回答 電話番号 メールアドレス 郵便番号 住所 志望動機 ご質問・メッセージ 個人情報保護方針に同意する。 個人情報保護方針はこちら エントリーする 提出していただきありがとうございます!

  • さくほ人座談会〈第6号〉 | koumi-sakuho

    消防団員としての使命を再認識した台風19号 第6号(2019年12月発行) 巴 桂太さん 小須田達彦さん 中村健人さん 菊池真由美さん 小宮山花恵さん 台風 19号で被害を受けられた皆さまに、心よりお見舞い申し上げます。 ~わがまちを守る消防団~ 今回、さくほ通信の制作にあたり、10月 5日(土)に、佐久穂町の消防団員の方5名にインタビューを行いました。そして、その1週間後、台風19号が長野県内はじめ、全国に甚大な被害をもたらしました。今回、台風直撃前に行った消防団員インタビューと、台風19号で実際に消防団員として活動した団員の方の話を掲載します。 今回の台風災害にあたり、消防団員として、どんなことを感じましたか。 何より、自分が住んでいる場所が大きく変わってしまった。そこらじゅうで土砂崩れが起こり、その状況に茫然としてしまいました。 団員としては、雨が降っている間は、避難所へ早く避難するように声を掛けてまわりました。土のうを作ったり積んだり。台風が過ぎて一夜明けてからは、被災されたお宅の土砂のかき出し、土砂崩れがあった道が通れ るように土砂をどかしました。とにかく自分のできることをやるのに必死でした。 「自分は大丈夫だ」と思わず、避難勧告が出たらすぐに避難してください。それと普段からの備えが大事になってきます。断水、停電などが起きないとも限らないので、想定した備えは必要だと思います。 消防団員の重要性を実感したのでは  実際に災害を経験して、台風19号が来る前と後では、災害についての考え方が大きく変わりました。年間団員をやってきて、本格的な災害は初めて経験しました。実際に何ができたかは分かりません。どれだけできたのかも分かりません。でも、私たち消防団員が状況を見て、避難を呼びかけたりしないといけない。それが命を守ることにも直結します。道を通れるようにすることもそうですが、自分たちの使命を再確認しました。  被災された方の少しでも力になれるような存在でありたい。自分ができることは限られているけど、自分ができることで、消防団員として地域のために関わっていきたいです。 台風19号で甚大な被害を受けた大日向地区で活動する小須田達彦さん 防災訓練では地域防災力を高める活動を行っている。(大日向4区) 防災訓練では地域防災力を高める活動を行っている。(大日向4区) 消防団員座談会 Q:消防団に入団したきっかけ 巴桂太さん(以下巴)  住んでいる地区が二十数軒しかないので︑自然な流れですね。地元で働いていると声が掛かりますね。 小須田達彦さん(以下小須田)  就職して2年目ぐらいに、班の先輩に誘われて。私も入って当然という感じでいました。 中村健人さん(以下中村)  団長と同じ職場なので、入社してすぐに声が掛かりました。 菊池真由美さん(以下菊池)  女性班ができたのは昨年ですが、その前から入団しています。役場の保育士として採用された時に誘われ、同期3人で誘い合って入りました。3人一緒ならできるかなと。 小宮山花恵さん(以下小宮山 ) 父が消防団に入っていましたが、女性班ができたということで、勧められました。 Q:消防団のいいところ、やりがいは 巴  いろんな職業の方がいて、それぞれ動ける時間も違ったりしますが、それぞれができる範囲での活動で、なおかつみんなでフォローし合って、成り立っているのが消防団だと思います。それぞれがつながりを持ちながら、地域のためになっているのかな。しっかり見てくれている人がいて、「ご苦労さま」と声を掛けてもらえるのも嬉しいですね。 中村  火事の残火処理の時に、近所の人に「ありがとう」と声を掛けてもらい、地域の役に立てていることを実感します。 菊池  ラッパ班に所属していましたが、小中高と吹奏楽部だったので、楽譜が読めない人に教えてあげたり、昔の経験を生かせるのがいいですね。他に女性として何ができるかというと、火災などに遭われたお宅のお子さんなどがいたら、安心できるよう、気が休まるように接してあげるなど、女性ならではの貢献ができればと思っています。 小宮山 入団1年目なので具体的にはまだこれからです。介護の仕事をしているので、介護が必要な方がいれば自分の強みを生かせれば。小さな子どもが好きなので、話し相手になってあげたりもしたいですね。 Q:消防団でできたつながりは 巴  入団した時に年が近い先輩でも7〜8歳以上離れた知らない人ばかりでしたが、皆さん気さくに声をかけてくれて、飲みにも連れて行ってもらったり、お世話になりました。入らなければ分からなかった人も多かったのですが、消防団に入ったことでいろんなコミュニティができました。 小須田  近所の30~40代の知り合いができました。(ポンプ操法の)選手をやってからはいろいろ教えていただいたり、分団内の他の班の人とも知り合いになりました。 中村  広い年齢層の方とのつながりができました。幅広い職種、年齢の人と話ができるのは、消防団に入っているからこそ。ポンプ操法で選手をやると、いろんな人から声を掛けてもらうようになりました。自分の人生相談や、アドバイスをしてもらったり・・・消防団に入ったからこそできたつながりです。 菊池  ラッパ班は特定の地域ではなく町内全域なので、広い地域の人と知り合うことができます。保育士は外部と関わることがあまりないので、いろんな方と接するということは、視野も広がりますし、自分のためにもなります。 Q:消防団に入る前のイメージと、実際やってみて感じることは 巴  入団する前は消防団のイメージはほとんどありませんでした。厳しいこともありますが、終わってからの懇親会など皆さんといろんな話ができるのは楽しい。その一方で、ちゃんとやるべきときはちゃんとやる、メリハリがついているのが消防団です。 中村  私のところは上下関係も特に厳しくないですし、〝お酒を飲むイメージ〞がありましたが、そんなこともなく、入団前に持っていたイメージよりもやりやすいですね。 菊池  諏訪市に住んでいた時、豪雨があり、消防団の方が訪ねてきて避難を促されました。膝丈まで水が来たのですが、助けていただいたことがありましたし、ラッパ隊の方が毎晩練習する姿を見て格好いいと思っていたので、もともといいイメージを持っていました。 Q:防災について地域の人に伝えたいことは 巴  防災は子どもの頃からの教えが大事です。コンセントなどがそうですが、火遊びで簡単に火災が起こってしまうことを知ってほしいです。保育士さんなどにはぜひ消防団に入ってもらって、自ら知識を身に付けて、子どもたちに教えてほしいですね。  みなさん自分は大丈夫だろうと思っている方が多いようですが、そう思わず、誰にでも起きうると思って、日ごろから意識していただければ。  昨今は地域防災力を高める必要性が増しています。行政だけでは限界があります。地域に住んでいる人にも、一緒になって取り組んでもらいたいです。  新入団員募集中です。自分たちの住んでいるまちを守るために一緒にやりましょう。 取材後記  今回の台風19号で私たちのために尽力してくれた消防団員のみなさん。消防団の役割や、重要性を感じられた方も多いことと思います。消防団活動へのご理解や、ご協力をお願いします。  団員の方の言葉にもありましたが、消防団員を募集しています。興味のある方、地域への貢献を考えている方は、ぜひ、力を貸してください。 ■参加者プロフィール 巴 桂太さん   (34歳)八千穂小・八千穂中卒 第4分団 小須田 達彦さん (31歳)佐久東小・佐久中卒 第3分団 中村 健人さん  (25歳)佐久西小・佐久中卒 第2分団 菊池 真由美さん (34歳)佐久中央小・佐久中卒 女性班 小宮山 花恵さん (20歳)八千穂小・八千穂中卒 女性班 ※年齢、肩書等は発行時のものです。

  • さくほ人座談会〈第4号〉 | koumi-sakuho

    名誉とプライドをかけて戦う  さくほプライドSAKUHO PRIDE 第4号(2018年12月発行) 後列左から/由井正巳会長、小林孝監督、高野英次事務局長、岡部豊久総監督  前列左から/笹崎慎一さん、古池伊吹さん、小林裕太さん、井上星弥さん 左から/笹崎慎一さん、小林裕太さん、古池伊吹さん、井上星弥さん 駅伝メンバー“リレー”インタビュー  年末年始は駅伝シーズン。全国高校駅伝や箱根駅伝も、もちろん良いのですが、身近な駅伝チームにも注目です。来年春に長野市内の市町村がふるさとの名誉とプライドをかけて戦う「長野県市町村対抗駅伝」が行われますが、その一部のメンバーに集まってもらい、お話を聞きました。これを読んだら、選手がもっと身近な存在に。わがまち「佐久穂」を背負って走る駅伝チームを応援しましょう。 Q:みなさんの陸上の経歴は 古池伊吹さん(以下小池)  私は松本市出身で、県警佐久警察署八千穂駐在所に勤務しています。中学までは陸上をやっていましたが、高校時代はやっていなくて、就職してからまた“走り”出しました。きっかけはダイエットだったんですが(笑)。それから、町の方から「走ってるらしいじゃないか」と声が掛かって、いつの間にかこちら(駅伝)のメンバーになってました。 笹崎慎一さん(以下笹崎)  本格的な陸上は高校からです。小中学校のときは、野球、バスケなどやっていましたが、全国に名の知れた高校で走ってみたいと思い、佐久長聖高校に進学しました。2年の時には全国高校駅伝で3㎞の区間でしたが区間1位でした。日本大学では念願の箱根駅伝で、1度その舞台に立つことが叶いましたが、山登りの5区でこちらは最下位でした。その後は、地元に就職しましたが、市町村駅伝なので、こうやって走れる環境があるのがうれしいですね。なければやめていたかもしれません。 小林裕太さん(以下小林) 上田西高校の時から陸上を本格的に始めました。ぎりぎりの部員数でしたので、1年生の時から出場させてもらいました。3年の時は1区で2位に入ることができました。箱根にあこがれて大学に進学しましたが、國學院大學時代は、残念ながらメンバーには入ることができませんでした。 井上星弥さん(以下井上)  小学校5年からサッカーをやっているのですが、中学のマラソン大会で3位に入って、中2から市町村駅伝のメンバーに入れてもらっています。 Q:みなさんにとって駅伝の魅力とは 古池  普段一人で走っているので、仲間と走るのはすごく楽しいです。駅伝じゃないと味わえないですね。 笹崎  学生時代は勝負に徹していたけど今は自分の中で捉え方違ってきています。一人ではなくタスキをつなぐことによって、責任感も出てくる。そういった思いを持って走ることです。 小林  魅力を伝えるのは難しい。実際に走ってみないとわからないことも多いので。やったことない方にはぜひ、やってみてほしいです。 井上  一人一人が100%の力を出さないといけない。そこが魅力です。 Q:来年の長野市町村対抗駅伝に向けて今取り組んでいること、目標などは 古池  市民ランナーとして月2回ぐらいマラソン大会にでています。まずは3時間を切ることを目標にやっていますが、フルマラソンはスピードも必要なので、マラソンの練習が駅伝にも生きていて、タイムアップにつながると思います。 笹崎  ここ何年かは不甲斐ない走りになっているので、来年はしっかりと走りたい。そのためには時間をかけて練習するしかないですね。若いチームなので、流れが良くなれば勢いでいけると思うので、自分が流れを変えられるような走りをしたいです。 小林  市町村駅伝は特別な思い入れがあります。陸上をやろうと思うきっかけになった大会です。今年は不甲斐なかったので、来年は区間賞をとりたい。笹崎さんもとっているんで(笑)。 井上  ぼくも区間で良くないので、来年は最後なので、しっかり走って順位を伸ばしたいです。 古池  最後って言わなくていいんじゃない。進学しても(大会は)ゴールデンウイークだから帰ってくればいいから(笑) Q:普段はどこで練習を、走っていて好きな場所や景色は 古池  今日も(取材場所まで)走ってきました。通常は夜を中心に走っています。南は小海駅、北は臼田駅あたりまで。昼間走っていると、いつも靴下が派手なので目立つみたいで、町民の方にすぐばれるんです。(警察官という)仕事柄、地域の方に顔を覚えてもらうのはいいことなんですが。 笹崎  ほとんど走れていません。基本的に土日をメインに走っています。八千穂小・中学校出身なので、特に春、千曲川沿いの桜並木の辺りを走るのが気持ちいいですね。 小林  「元気が出る公園」の坂を上って一番上まで行くんですけど、駐車場からの景色を見下ろすと、最高に気持ちいい瞬間です。 井上  千曲病院の上の農道を走っています。アップダウンが激しいのですが、下りで浅間山がきれに見えます。 Q:佐久穂の代表として戦う意気込みを 古池  もともと佐久穂の住民ではありませんが、町に溶け込めるきっかけになったのが市町村駅伝です。佐久穂のためにがんばりたいです。 笹崎  佐久穂の学校には陸上部がなくて子どもが(競技で)走る機会がありません。こうやって駅伝を通して走る機会があるのはすばらしいことだと思っています。そして何より、選手だけで走れるわけではなく、監督をはじめ支えてくれるみなさんのおかげで走ることができるので、そういったことに感謝して走りたいです。 小林  私たちは皆さんに支えらえているので、走る側としては結果を出したい。以前の駅伝で、佐久穂町の名前をテレビで間違えられたので、佐久穂町の名前をもっと知ってもらえるよう、アピールできるように頑張りたいです。 ■参加者プロフィール 笹崎 慎一さん(29歳) 八千穂小・八千穂中 佐久穂町役場勤務 小林 裕太さん(22歳) 佐久西小・佐久中 上田情報ビジネス専門学校在学中 井上 星弥さん(17歳) 佐久西小・佐久中 野沢南高校在学中 古池 伊吹さん(33歳) 松本市出身 長野県警佐久警察署八千穂駐在所勤務 ※年齢、在校、勤務先等は発行時のものです。 佐久穂駅伝クラブは、昭和53年に開催されました長野国体当時の役員選手が28年ぶりに再会し発足されました。楽しく走れる仲間募集中です。連絡は事務局 高野(☏090-4464-4733)までお願いします。 3区 井上星弥君から4区 笹崎慎一君へ この後、笹崎君のスパートにより一気に上位へ 5区 古池伊吹君から6区 石垣美心さんへ 8区 小林裕太君からアンカー沖浦大地君へ

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